「はい、交代!」

真人様が玄関から屋敷に入った所でバックパックと手荷物をヒョイッと私の肩から抜いて自分の肩にかけた。


「ここまで持ってくれれば充分だよ。ありがとう。でもとりあえず、アリバイ作りに部屋まで行こう?『仕事やってますよー』つってさ。」


もしかして、その為に涼太さんを待たずに一緒に来てくださったのでは…。


「その様なわけには参りません。最後までやらせていただけませんか?」
「もー頑固だな、えっと…メイドの…」」


そ、そうか…まだきちんとご挨拶をしていなかった。


「…申し遅れました。鳥屋尾咲月です。よろしくお願いします。」
「トヤオさん?へー…」


スタスタと長い足で歩いてく真人様を慌てて追いかける。


「咲月ちゃん、手を抜ける所は抜かないと。」
「ご主人様に荷物を持たせ、横を手ぶらで歩くなど、出来ません。」
「そっか…じゃあ。」


首に巻いてたマフラーを解いて差し出す真人様。私が受け取るとニッコリと笑って見せた。


「これで手が塞がったでしょ?」
「え?!あ、あの…」


結局そのまま真人様の調子にのせられ、部屋まで来てしまって、上着を脱ぎ始める真人様に、今度こそとその背中に回ってそれを受けた。


「瑞稀、元気?」
「はい。お仕事はお忙しい様ですが…。」
「そっか…」


微笑みを浮かべながらもその瞳が少し揺れている。
どことなく、不安げな表情をしている時の瑞稀様を彷彿とさせ、横からただ見守っていたら、突然、振り向き笑顔に変わった。


「…ごめん、ちょっと頭触るよ?花弁ついちゃってる。」


髪の毛にスラリとした掌が伸びて来る。


「じ、自分でとりますので…」
「いいから、じっとしてて?」


ど、どうしよう…。頭の上の花弁をご主人様にとらせるなんて。


伸びて来た腕にドキン、ドキンて鼓動が跳ねて、思わず少し俯いたら不意に横に、人影が現れた。


「…お帰り、マコ。」


少し不機嫌そうな声色。

恐る恐る上げた目線の先には、私の頭に伸ばしかけていた真人様の腕を掴む、瑞稀様の姿。


「瑞希!早かったじゃん!」


真顔に近い瑞稀様とは逆に、真人様はその顔を目一杯の笑顔に変える。瑞稀様はそれに少し呆れ気味で溜息をついた。


「圭介から連絡貰った時、たまたま近くに居たもんでさ、ちょっと寄ってもらったんだよ。」

「えっ?!迎えに行っちゃったよ?圭介。」

「そう、入れ違い。そろそろ戻るでしょ。連絡入れといたから。」


私を少しだけ横目で見て、花弁をさりげなく取り除く瑞稀様。

「とにかく、連絡もなくいきなり現れた言い訳、きくよ?ほら、リビング、行って!」


真人様の背中を押しながら、ポケットに花弁を仕舞うと、その掌でポンポンと私の頭を撫でた。


「そうだ、咲月ちゃん、荷物、ありがとう…ってあれ?」


咄嗟に振り向いた真人様がその様子を目撃して少し目尻に皺を寄せて白い歯を見せる。


「何?そう言う事?」
「いいから、とっとと行きなよ。リビングに。涼太、結構な鬼の形相だよ?」


瑞稀様が私を背中に隠す様に前に立つ。


「涼太、恐いんだよな…怒ると。」

「マコが食って掛かるからだろ?ほら、行った、行った!」


真人様は、瑞稀様にグイグイ押され、それでも楽しそうに、「わかった、わかった」と廊下を歩き、去っていく。


少し…いや、かなり瑞稀様とはタイプが違う印象かも…真人様。どことなく憂いな表情は、似ているかもと思ったけれど…。


消えていくその背中を見送っていたら、頬をキュッとつねられた。


「大丈夫?起きてる?」


面白そうに口角をあげて笑う瑞稀様に、なのか、それとも触られている事に、なのか…頬が一気に“嬉しい”と熱を持つ。


「は、はひ…」


私の気の抜けた返事にハッと吹き出すその表情がどうしようもなく、私の心をぎゅうっと掴む。

予定外のご帰宅だけど、凄く嬉しい。どうしよう。顔が緩んでしまう。


「あの人、ほんと色んな事が突然過ぎるからさ。ごめん。驚いたよな。」
「…いえ。お荷物を私がお運びするのが重いだろうからと途中から運んで下さいました。お優しい方ですね。」


瑞稀様の瞳が、ほんの一瞬だったけれど、潤いを増し、口元は微笑んでいるけれど、眉を下げ、控えめな笑顔に変わる。


「うん…優しい兄貴ですよ?彼は。」


また私の頭をポンポンと撫でた瑞稀様は「咲月も主人が二人に増えて忙しくなるね」と言いながら部屋を後にし、去って行く。


……何だろう、今一瞬垣間見えた寂しげな表情は。




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