なぜだろう。眠い。眠い。とてつもなく眠い。
 徹夜した日の授業中のように眠いのに、ここで寝てしまうと後悔すると体が言っている。
 なぜだろう。誰かが僕の名前を叫んでいる。
 ホラー映画で叫ぶ叫びとは違う叫び。痴漢やセクハラされた時とは違う叫び。どのような叫びが近いのだろう。
あれだ。最愛のペットが死んだ時の叫びだ。
 なぜだろう。彼女は男二人掛かりで取り押さえられている。
 なぜだろう。冷たい床とは裏腹に僕の体温はみるみる上昇していく。
それとは裏腹に僕の視界はだんだんとぼやけ、閉じていった……。

 ふと、目が開く。
まだはっきりとしない視界が脳に情報を送ってる。
 天井。
 電球のライト。
 光。
そうか。
夢を見ていたんだ。とても不思議な夢を。
 そのたった数秒の間に、さっきまで感じていた愛おしい冷たさも、体にも冷たさにも逆らってでしゃばってきた憎い温かさも消え失せている。跡形もなく。残響もなく。
 あまりの唐突さに、余韻に浸る暇もなく、目からは一滴の雫が。頬が液体のりを肌につけた時のように、硬い。
 目が覚めるとなぜか泣いている。ということが僕にはよくある。

 その時に見る夢はいつも同じ。
 風景も、人も、出来事も……。
毎回同じところで目が覚める。

 寝起きの愛おしい暖かさに拘束された僕は、再び眼を閉じる。

 しかし、現実はそうは甘くない。

「進ッ!何時だと思ってるの!早く起きて来なさい!」

 再び仮想の世界へ飛び込もうとしていた意識が現実へ呼び戻される。遅れて半分ほど閉じかけた眼がグッと開く。

 世界にはまだモザイクがかかっているが、無理やり足元の壁にかかったアナログ時計を見る。

「6時45……か……えっ!?7時45分!?」

 モザイクが取れかけた僕に待ち受けていた試練に混乱しながらも僕は布団から飛び上がった。


 僕はこの不思議な現象が起こり始めてから毎回ノートに出来事をまとめている。いや、誰かからまとめろと言われているかのように勝手に机へと向かってしまうのだ。
 あまりにも急いでいたため僕の中にもうそれはない……。

 少し硬いワイシャツに袖を通して、成長すると思って買った少し大きめのズボンを履き、ベルトをいつもよりきつめに締める。机の上に雑に置かれたカバンを手に取ると勢いよくドアを開けて洗面所に向かう。
 
 寝癖を直しながらボーッとしていると何かを忘れていることを思い出した。

 なんだろう?
 何か大切なことをしないといけない……。
 なんだろう?

しかし、思い出せない。
思い出せないことは大したことじゃなかったんだと自己完結し、玄関へ向かう。
玄関へ向かう途中、母から渡された食パンと弁当を持って扉を開けた。