──それから、やはり意識しすぎてなかなか寝つけなかったのは言うまでもない。

おかげで翌朝はすっかり寝過ごしてしまい、慌てて着替えてリビングダイニングに向かうと、テーブルの上には美味しそうな朝食が用意されていた。

しっとりとした食パンは専務のお気に入りのもので、ふわふわのスクランブルエッグは手作り。

彼の好みを知れたのも嬉しいが、なんといっても手料理まで味わわせてもらったことに感激し、あくびをするフリで口元に手を当ててしばらく歓喜していた。

いたれりつくせりで、なにもせず申し訳なく思う私に対し、彼はまったく嫌な顔もせず、そのあとも車で自宅まで送ってくれたのだった。


今度なにかお礼しなくちゃな……と考えながら、いつもと同じく髪をひとつに結んでアパートの部屋を出た、月曜の朝。

燃えるゴミを詰めた袋を持ってゴミ置き場に向かうと、近所のマダムふたりが近くでなにやら話し込んでいる。

挨拶を交わしてゴミを捨てながら、聞こえてくる話になんとなく耳を傾ける。


「昨日、そこの電柱に隠れるようにしてじっと立ってる男の人がいたのよ。マスクした全身黒づくめの」

「やだ~、不審者?」

「わからないけど、気持ち悪いわよねぇ」