「失礼」


短く断りを入れ、彼女の腰に片手を回してぐっと抱き寄せた。「えっ!?」とギョッとする彼女に構わず、身体を密着させてもう片方の手で後頭部を包み込む。

おそらく誰が見ても愛し合う恋人の構図になっているだろう。これを、今からエントランスに出てくるあの女性に見せつけるつもりだ。

さらに、キスを仕かけて森次さんの顔を隠せば、俺の相手が誰かを判別できなくさせられるし、よりあの人を動揺させられるはず。


「ちょっ……せ、専務!」


顔を近づける俺の胸を慌てて押し返す森次さんに、一旦腰から手を離し、立てた人差し指を唇に当ててみせる。


「キスは静かにするものですよ」


黙ってもらうため密やかに囁くと、彼女は声を奪われたかのごとく黙り、大きな瞳をさらに見開いた。そして、陶器のように白い肌がみるみる赤く染まっていく。

……この子、こんなに可愛かっただろうか。間近で見たのが初めてだから?

目を逸らせなくなると同時に、エントランスの扉が開く音が耳に入った。カツカツとヒールが鳴る音を聞きながら、桜色の唇に自分のそれを寄せる。

鼻先が触れ合った瞬間、勢いよく接近してきたヒールの音が背後で止まった。