「あ、あの、専務? 一体どうして、こんな……」


俺に手を引かれてちょこちょことついてくる森次さんは、困った顔をほんのり赤く染めて戸惑っている。

それもそのはず、男がひとり暮らししているマンションに連行されているのだから、危機感で一杯だろう。真面目な彼女ならなおさら。


「すみません。あとで、落ち着いたら話します」


俺は安心させる笑みを向け、すぐにさりげなく周囲を確認する。二十五階建てのマンションが目前のこの通りには、人通りは少なく怪しい気配はない。

ところが、エントランスの前までやってくると、ガラスの扉の向こうに、白のロングコートを着た長い巻き髪の女性の後ろ姿がある。予想通りだ。

見ただけで気が重くなるその姿は、一ヶ月ほど前から頻繁に目にしている。うんざりして、深いため息を吐き出す。


「やはり今夜も……」

「あの女性がどうかしましたか?」


俺の視線を辿ったらしい森次さんに聞かれた直後、ロングコートの女性がこちらに向かって踵を返すのが見えた。

咄嗟に、女性から森次さんが死角になる位置に立ち、自分の身体で彼女を隠す。

森次さんには申し訳ないが、偽恋人の真価を発揮させてもらうとしよう。