当麻氷河(とうま ひょうが)

 いつも澄ました顔してる地味男。

 重めの黒髪マッシュに規定通り着こなされた学生服を身に纏った主張のなさすぎる風貌は前々から気に入らなかったが。

「見たよね、さっきの」

 こんなときまで仏頂面なの?

「なにを」
「もう少しで井上がわたしの下僕になるところだったの……に」

 って、ヤバ。口が滑った。

「び、ビックリしたよ。さっきは。井上センセったら迫ってきて」
「そっちから誘ってたように見えたけど」
「……っ」
「ゲスいな」

 バレたなら仕方ない。

「あんたに関係ある?」

 別にいいか、相手は当麻氷河だし。

「たしか、子供生まれたとこだったろ。嫁さんが大変なときに不倫なんてやめとけ」

 真面目か。

 いや、正論すぎるが勘違いしないで欲しい。

「不倫なんてするわけないでしょ。バカなの?」
「第一志望は。井上の愛人?」
「そっ……それは」

 食いついたら、そこで止めるつもりだった。

「ジョークに決まってるでしょ。盗み聞きしないでよ」

 弱味さえ握ったら、それでよかったんだ。

 あんな男とどうにかなる気、微塵もないし。