シティーホテルの個室カフェ。

 誰にも聞かれないように、夏樹は個室を選んだ。



 空は俯いたまま何も話そうとしない。


「藤野山さん。…ずっとね、君の後ろで悲しそうに見ている人がいるんだ。藤野山さんに似た感じの、とても綺麗な女の人なんだけどね。藤野山さんが、そうやって俯いていると。後ろの女の人は泣きそうな顔をするんだ」


 俯いている空が、ちょっとだけ目を上げた。


 夏樹は空の後ろをじっと見つめている。


「…そうなんだ。…後ろの人、藤野山さんのお母さんなんだね。似ていると思ったんだ」


 空はゆっくりと顔を上げた。


「藤野山さんの事が、とても心配でずっと見ているんだね」

「…なんなんですか? …母は…もう、13年も前に死んでいますから…」

 
 ボソッと空が言った。


「うん、そうだってね。でもね、藤野山さんを1人残してしまった事を、ずっと後悔していて。成仏できていないみたいなんだ」


 はぁ? 

 空は信じられない顔をしている。


「藤野山さんに、幸せになって欲しいからって言っているよ」


 何言っているの? 

 空はフッとため息をついた。


「そんな事を言うために、わざわざ私を引き止めたのですか? 」

「うん、それを伝えたかったんだ」

「はぁ…そうですか…」

「それとね」


 急に真剣な目をして、夏樹は空を見つめた。


「藤野山さん、携帯電話見せてくれるかな? 」

「なんでですか? 」

「今日ね、資料室にいたでしょう? 」


 ちょっとギクッとした目をして、空は視線を反らした。


「藤野山さんが資料室に居た時、偶然だけど僕も資料室にいたんだけどね」


 まさか…見られた? 

「…ねぇ藤野山さん。…何か、調べているの? 」

「そんな事…ありませんけど…」


「そっか、じゃあ見せてくれるかな? 携帯電話」


 空は言われた通り、携帯電話を取り出して夏樹に渡した。

「有難う」

 携帯電話を受け取ると、夏樹はそっと握り締めた。

 そして空の携帯電話をテーブルの上に置き、自分の携帯電話を取り出して電話をかけた。



 ブ―ッ…ブーッ…。

 ヴァイブの音が聞こえてきた。

 そのヴァイブは、テーブルの上の携帯電話ではなく、空の鞄の中から聞こえてきた。


 空は驚いて、鞄を手に取った。


「本物はそっちなんだね」

 ニコッと笑って夏樹が言った。


 見抜かれていた。

 ちょっとドキドキして、空は夏樹を見た。


 夏樹は優しい笑みを浮かべて空を見つめた。


「藤野山さん。僕は、藤野山さんの味方だよ。だから、力になりたいだけなんだ」

 
 夏樹の言葉がとても優しく聞こえた空。

 だが…