「失礼します。阿部先生…」
「あぁちさき、おつかれさま」
「すみません、遅くなりました。鍵です」
夕方の職員室。
コーヒーの渋くて深い香りが鼻をかすめる。軽やかなタイピング音も聞きながら、わたしは阿部先生に体育館の鍵を返却した。
「立花の男子バレー部は本当、良いチームだよね」
「っ…?」
「ごめん、監督と一緒にドアの前で立ち聞きしてた」
「えっ!?っ……、中に入って頂けたらと思いましたけど、監督はそういう人ではないですもんね」
「“あいつらはもう、大丈夫だ”って言ってたよ。自分たちで進む方向を自分たちで見つけ出したことに意味があるからって。…俺も、今の立花は18人で初めて強いチームになるんだと思う」
県大会で負けた後、帰って来てからも監督は家の自室にこもりきりだった。
自分の仕事は立花の選手を勝たせること。…それが出来ていない今、自分にできることを模索しているんだと思う、とお母さんは言っていた。
阿部先生は続けた。監督がわたしたちが円になって話していたことを聞いて、一度静かに雲一つない夕空を見つめたという。
――…“阿部先生。私達も前を向いて、そして上を向いて、あの子たちとともに駆け抜けたいですね”、と。
「ちさき。これからもバレー部を頼むね」
「っこちらこそ、よろしくお願いします…!」
青を纏って。コートを翔けて。駆け抜けて。
わたしの仕事は、そんな選手たちの3年間を全力でサポートすること。
初夏にさしかかる鮮やかな夕日を見ながら、引き締まった気持ちで職員室をあとにした。
「あーっ!!」