不意に三実さんが私の髪を一束掬い、口づけた。驚く私に言う。

「お預けにも餌が要る。少々ちらつかせてもらうだけでいいんだ」
「あの……それって……」
「キスしてもいいか?」

三実さんは燃えるような瞳で私を射貫いていた。真剣な表情からは立ちのぼるような情熱が感じられ、うっすら開いた形のいい唇は艶めかしい。

飢えた獣だ。この人はやはり猛獣と同じ。
だけど、もう恐怖だけじゃない。目の前の獣に感じる胸の高鳴りは、きっと別な理由。

おずおずと頷いた私の顎を、三実さんの指が捉える。上向かされたと思ったら唇が重なっていた。

初夏の日暮れ時、日中よりわずかに涼しくなった風が私たちの髪をなぶる。車の音、池で魚が跳ねる音が、耳に届く。その倍くらいの音量で、私の心臓が鳴っている。
ほんの数秒のファーストキスだった。触れ合うだけの優しいキスだ。
唇が離れ、ゆるゆると目を開けると三実さんの瞳と視線が絡んだ。

「幾子……」

三実さんが感極まった声で名前を呼び、ぎゅうっと私を抱き寄せる。

「食べてしまいたい」
「そ、それは、もう少し!先で!」

早くもお預けが破られそうになり、私はおおいに慌てた。