翌日は出勤日だ。
麻生夫妻と一緒にエントランスに届いた大量の備品の梱包を解いて室内に運ぶ。最初からオフィス兼倉庫に運んでもらうと、量が多過ぎて、私たちの身動きが取れなくなってしまうらしい。梱包だけはエントランスホールで解くことにしているそうだ。
電球や紙類、新しい脚立や簡易モップなんかを室内に運びこみ、最後に掃除機をかけていると、三実さんが秘書の男性と部下の男性ふたりと一緒にロビーに入ってきた。

実に一週間ぶりに姿を見る三実さんは、もう頬の傷は見えないようだ。私のことには気づいたのだろうけれど、声はおろか視線すら投げない。麻生夫妻と頭を下げエレベーターに消えた彼らを見送る。

「幾子ちゃん、これが終わったら各部署に届け物しよう」
「はい」

今届いた備品のうち、部署がすぐにほしいものを持っていくのだ。
私は少し考えて言った。

「社長室には私が届けていいですか?」

由美子さんがニコニコと答える。

「もちろん、いいわよ。最近社長忙しそうだものねえ。ゆっくりお喋りしてきたら?」
「いえ、ちょっと連絡事項があるので、ついでにさせてもらおうかと」

携帯なんかじゃ駄目な話。直接顔を見て話さなきゃならないと心を決める。
社長室に持っていくのは海外のご友人から届いた荷物と、何冊かの経営雑誌。

「失礼します」

小包の上に雑誌を載せ、室内に入る。

「三実さん、お荷物をお届けに参りました」

他に人もいないことを確認してから名前を呼ぶ。私の姿を確認した瞬間、三実さんはわずかに表情を固めた。それからわざとらしいくらいぱっと明るい表情になった。

「幾子、よく来てくれたね。そこに置いてくれるかい?」

全然、家に戻ってこない人が、どうして夫ぶって笑顔を見せるのだろう。険悪な時くらい、ごまかさなくてもいいのに。