嫌だ。初めての体験が、心が通じないままなんて嫌。
せっかくこの人と頑張っていこうと思ったのに。こんな始まりは嫌だ。
腕で精一杯押し返すけれど、たくましい胸板はびくともしない。うなじから鎖骨に唇を押し付けられ、必死に身をよじる。

「や、めて……っ!」

私の呻き声に、三実さんが顔をあげた。私を見下ろす表情は酷薄としていて、瞳だけが炎のように揺らめいて見えた。

「諦めろ、もう許す気はない」

恐怖と混乱と悲しみがいっぺんにおしよせてきた。嫌だ。私という人間を無視され、欲求を果たすためだけに征服される。そんなの絶対に嫌。
私は彼を押しのけようと非力な腕を必死に伸ばした。無我夢中で腕を振り回す。
爪が。

感触に慌てて、腕を引っ込めた。常夜灯の灯りの中でもわかる。三実さんの左頬にくっきりとひと筋のひっかき傷ができていた。私の右手が当たったのだ。
三実さんは怯んではいないけれど、のそりと上肢を起こした。空気がぶれたように感じる。

その隙に私は身体を起こし、後退って彼と距離を取った。
はあはあと荒く息が漏れる。私自身も恐怖から混乱状態だ。それと同時に、三実さんを傷つけてしまったことにも動揺していた。
殴ってしまったときより罪悪感を覚えるのは、それがはっきりと意志を持った拒絶だったからだ。パニックで殴ってしまったのではない。彼との行為が嫌だから攻撃した形になる。
三実さんは頬に手を当て、くっと短く笑った。

「猫のようにか弱い爪しか持ち合わせていないのに……」

どこか自嘲的に笑い、彼は身体を起こした。

「気が失せた。もう何もしない。よく休むんだ」

それだけ言って、三実さんは寝室を出て行った。私は座り込んだまま動けなかった。身体はいつまでも震えていたし、気持ちはぐちゃぐちゃだった。