その夜、三実さんは普段より早く帰ってきた。といっても、九時過ぎだ。
連絡が来ていたので、夕食は一緒にと待っていた。
ふたり、ダイニングテーブルで食卓を囲む。鶏肉の煮物と小松菜とひじきのサラダ、大根のなます。金剛家の食事は栄養バランスがよく、味も抜群だ。このレベルを私が作ることはできない。

「仕事は慣れたかい?」

三実さんが離しかけてきた。
結婚してもふたりきりの時間は寝ているときくらいだし、まだ全然緊張する。

「はい。麻生さんも、奥さんの由美子さんもよくしてくれます」
「それはよかった。今日、幾子を見かけたよ」

社内にいても社長とはなかなか遭遇しないものだ。どこで見られていただろう。

「総務前で、小田くんと楽しそうに話していたね」

声の質感がざらりとした気がした。一瞬、ひやりとするものを感じ、私ははっと膳から顔をあげる。

「……はい。ご挨拶させていただきました」

いけませんでしたか?言外に付け加えたけど、言葉にする勇気はなかった。
すると、三実さんはぱっと明るく笑った。

「それはよかった。幾子には社内のみんなと仲良くしてもらいたいからなあ」

さっきの空気はなんだったんだろう。そう思わせるくらい清々しく破顔され、私は引きつった笑顔を返す。