けして誠意がないわけじゃない。でも感情がこもり切ってないような……。
そして、最初の夜以来、三実さんは私に強引なことはしてこない。それどころか、寝るときは私が眠るまで母屋やお風呂で時間を潰してくれる気の使いよう。
ありがたいんだけど、違和感はやっぱり消せない。

「ほら、小田くん。メシ食ってこい。俺と幾子ちゃんは仕事中だ」

しっしと追い払われ、小田さんという社員は私に手を振って去っていった。
いけないいけない。ポスター貼りきっちゃわないと。


四時半に仕事をあがり、電車で帰宅する。東京の電車は久しぶりだったけれど、人混みも朝のラッシュも慣れた。金剛邸では離れに近い裏門と玄関を利用する。そのせいか他の家族とはそれこそ朝食の時間しか顔を合わせない。母屋の玄関は逆方向なのだ。
私は荷物を置き、お手伝いさんに帰宅を告げ、植松さんのいる鶏舎に向かう。これも最近の日課だ。

「植松さん」
「なんだァ、今日の用事は終わっちまったぞ」
「お疲れ様です。ひよこは寝ちゃいました?」
「まだ起きてるよ。ぴいぴいうるせえんだ」

私は中に入り、ひよこを撫でさせてもらう。

会社に行かない日はここで鶏の世話をさせてもらうことにしている。この前の土日も三実さんは仕事でいなかったので、ここで過ごした。
鶏は頭がいいようで、私が新参だとよくわかっている。植松さんにはしないのに、容赦なくつついてくるし跳び蹴りもかましてくれる。雄鶏のキックで餌箱をまき散らして尻餅をついたこともある。だけど、無心でできる鶏の世話は楽しい。

まだお嫁にきた実感もなければ、新しい暮らしに戸惑うばかりだけれど、週三日の仕事と毎日鶏舎で過ごす時間のおかげで、私の心は少し元気になってきた。