嫁入り翌日、私の目下の仕事は荷物整理になった。
離れには寝室に私用の大きな桐箪笥が用意されていた。それに衣類をどんどん詰めていく。さらに書斎のウォーキングクローゼットも私のために解放してくれるという。コートや質のいいワンピースなどはこちらにかけた。旅行バッグや、少ないけれど持ってきた本などもここだ。

「どこもかしこも幾子の好きに使っていいよ」

どこもかしこもと言われても。ひとまず、自分の身の回りで精一杯。

お昼はお手伝いさんが鴨南蛮蕎麦を運んできた。
ひとりで食事を終えると、また荷物整理に精を出す。
午後のお茶の時間にお手伝いさんがお茶を淹れにきてくれ、お茶菓子に栗羊羹をひときれ出して戻っていった。
黙々と荷物整理をしていると、三実さんから始めてのメッセージが携帯に届いた。

【今日は遅くなるので、夕飯は食べていて】

夕食はお手伝いさんが運んできた。ぶりの照り焼きと小松菜のお浸しとゆずののったなます、味噌汁とごはん。美味しい。美味しいけれど、ここでようやく気付く。

「私、朝からほとんど喋ってない」

朝食を終え、三実さんが行ってしまってから、私はお手伝いさんとしか顔を合わせていない。食事はひとり。会話もない。

京都の家にいた頃は違った。
お手伝いの寒河江さんと志村さんが私と一緒に食事を摂ってくれたし、たまに諭も一緒だった。
デパートの事務方にいたので、事務所では社員みんなでお弁当を食べたりした。社長令嬢とはいえ、事務方では一番の下っ端。私は年上の社員たちに可愛がられて仕事を覚えていった。