「ああ、すまないな。おまえは初めてだったんだものなあ。少しがっつき過ぎた」

あっさりさっぱり答える彼は、昨夜の獣の気配などどこにもない。いたって普通の明るい男性だ。

「怒っているのではないですか?」
「怒る?」

私の質問に三実さんは不思議そうな顔をした。

「幾子と俺は夫婦になったんだろう。あれしきのこと痴話喧嘩にもならんさ」
「でも、私……三実さんのお顔を……」
「頑丈なんだ。幾子に殴られたくらいじゃびくともしない。鼻血は出たな。ははは」

あけすけに笑う三実さんを、私は呆気にとられて見つめる。本当に怒っていないみたい。それどころか、私を気遣ってくれている。

「しかし嫁に来たからには覚悟はしてもらわなきゃならない。まったくそういった触れ合いなしというのは、いくらおまえが可愛らしくても俺としてはきつい。なにより」

一瞬、彼は顔を歪めて微笑んだ。

「幾子には俺の子を何人も産んでもらわなきゃならないからなあ」

ぞくりと背筋を冷たいものが流れた。
やっぱりそうだ。この人の本性はこちら。強欲な獣が彼の中に潜んでいる。私には理解不能な猛獣だ。

しかし、すぐに彼はその凶暴な表情を引っ込めた。

「近いうちにまた機会を設けるよ。さて、俺は仕事だ。幾子は好きに過ごしてくれ。そういえば、携帯電話の番号すら知らないんだなあ。交換しておこう」

離れの戸を開けながら、彼は笑顔で言った。よくできた百点万点の笑顔だった。