広間を出て長い廊下を歩いた。いくつもの庭がある家だけれど、ここから見えるのは枯山水だ。

「幾子さん、話があるの」

ふと、志信さんが切りだした。信士くんのいる前で話す内容だろうか。迷ったけれど、下手に隠しても信士くんが気を遣うだろう。

「なんでしょう」
「三実と別れて。この子のために」

はっきりと言われた。冗談めかしてもいないし、本気の願いなのだろう。

「信士は三実の子です。彼がなんと言ったか知らないけれど、私たちが婚約していたのは間違いないこと。信士には父親が必要なのよ」

まだそう主張するのかと思いながら、無碍に跳ね除けるのは信士くんを傷つけることになる。今だって、不安げに私と志信さんを見つめている。

「信士を可愛がってくれてありがとう。この子のために身を引いてほしいの。三実はあなたにとっては随分年の離れた夫でしょう。無理して愛する必要はないわ。金剛から解放されれば、あなたはまだ自分の道を好きに選べる年齢なのよ」
「志信さんは、自分の道を選べない年齢なんですか?」

私は問い返した。咄嗟というわけではなかった。彼女と闘うつもりでもなかった。ただ、私は目の前にいる女性と決定的に対峙すべき時がいまだとわかった。

「何を……?」
「道を選んだり選び直すのに年齢は関係ないと思っただけです。私はすでに自分の道を選んでいます」

深く息を吸い込み、告げる。

「離婚はお断りします。三実さん本人に言われたのならまだしも、志信さんに言われて離婚はできません」