朝食を終え、歩いて会社に向かうとちょうど社員たちが出勤してくる時間だ。普段の三実さんはこの時間よりもう少し早く出勤しているはず。というより、私が一緒に出勤することがないので、今並んで会社の真ん前まで来てしまったことに焦りを覚えた。

どうしよう。
考えてみたら、私と三実さんが並んでいる光景って変だ。

「三実さん、私ここで」

離れて先に行こうと思ったら、二の腕をがしっと掴まれた。見上げれば、にっこり笑う三実さん。

「恥ずかしがる必要はない」
「いえ、というか……ここでは」

そこに現れたのは、総務の若い男性社員……ええと、そうだ。小田さんだ。

「社長、おはようございます。……えと、倉庫管理の幾子ちゃん……どうしたの?」

まるで私が社長に捕まっているみたいな図に、小田さんが困惑気味にたずねてくる。そうよね、変な図よね。

「おはよう、小田くん。紹介がまだだったね。俺の妻なんだ」

小田さんが口だけ「え」の形になって固まった。周囲には出勤してきた他の社員も数人。私のことを麻生夫妻の下で働いているって知っている人も多い。

「本人の希望で公にしていなかったんだが、改めて紹介しなければなあ」
「そうだったんですか……ご結婚されたとは伺ってましたが……お綺麗な奥様で……」

小田さんは突然の社長直々の報告に狼狽しまくった様子。ほぼ牽制じゃないかしら。

「そうだろう。みんな今更だが、よろしく頼む」

玄関先に集まっていた一部の社員に向けそう言う三実さんは、とびきり爽やかな笑顔だった。
社長自ら、こんな報告をするのも、この人なりのパフォーマンスなんだろう。社員と距離が近い経営トップを彼は演じている。
私の前で、無邪気に笑うようになったのだって最近だものね。