「もっと早くからこうすればよかった」
「三実さん、金剛の家を出てよかったんですか?」

志信さんの問題も片付いていない。そこで急に若夫婦が家を出てしまっていいものだろうか。お義父さんはなんと思うだろう。

「そのあたりのことは外で朝食でも食べながら話そう。何しろ、この家の冷蔵庫はまだ空だ」

明るく言われて、確かにその通りだと思った。
家具や家電は新しいものが揃い、食器やタオルなどの日用品は離れからいくらか運び込まれているようだ。食材はない。

「三実さん、このマンション、昨日すべて揃えたんですか?」
「まさか。さすがに俺も一日じゃ無理だ。幾子とあの家を出るのは、少し前から計画していた。志信の件が長引きそうだからな」

志信さんの件があるなら、余計に家を出ちゃまずいんじゃないのかな。志信さんは信士くんを三実さんとの子だと主張してあの家にいるんだから。

ふたりで身支度を整え、家を出た。渡されたのはカードキーだ。金剛家は、ドアチャイムを押せばお手伝いさんのボタンひとつで門も玄関も開く。そのため鍵を持っていなかったのだ。

「エントランスも部屋もこれで入れる」

セキュリティのしっかりした部屋を選んでくれたみたい。
会社までは普段は電車だけど、今日は歩いて行くことにした。実は金剛家からも銀座の会社は近い。このマンションはさらに近い。歩けば20分程度で着くだろう。
マンション近くのカフェで朝食を摂ることにした。チェーン店ではない、モノトーンを基調としたおしゃれなカフェ。
クロワッサンのサンドイッチとカフェオレをそろって注文する。金剛家が和食なので、パンの朝食は久しぶりだ。