「幾子のいない人生なんて考えられない」
「三実さん」
「頼む、戻ってきてくれ。俺のそばにいてくれ」

それはなりふり構わぬ必死の懇願だった。妻の家族が間近にいるとか、格好悪いだとかは度外視だ。
とにかく私を手放すまいという気持ちが、表情からも握られた手からも伝わってくる。
真剣な様子に気圧されながら、私もまた言葉を探す。父と諭が見ていることを、私の方は無視できない。

「怒っていません。ただどうしたらいいかわからなくなりました」
「本当にすまない」
「逃げ出してごめんなさい。考えたくて……、でも迎えにきてくださるなんて」

それは自然な成り行きだった。私は彼の頭を抱きかかえるように胸に引き寄せた。

「あなたと戻ります。ごめんなさい」
「幾子、幾子……!」

三実さんが私の腰に腕をまわし、きつく抱き締めてくる。その抱擁が心地よくて、胸が苦しい。

「なんやもう、犬も食わんやつかいな」

諭がため息をつき、その向こうで父が目頭を拭っていた。安堵の涙だろうか。父がこんなに涙もろいと今日まで知らなかった。

三実さんの安らいだため息が聞こえてくる。私はその頭と背をいつまでも撫でていたい気持ちだった。