猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~

「金剛家からの縁談も最初は断った。せっかく手元に呼び寄せたのに、また遠くに嫁入りさせたくなかった。しかし、甘屋の跡継ぎとして経営の表舞台に立たせるより、富豪の妻として何不自由なく暮らした方が幸せになれるかもしれないと思ったんだ。幾子には幸せになってほしい」

そんな話、初めて聞いた。父はいつも私には話しかけもせず、口を聞けば私が与えられたことをこなしているかという確認だけだった。

「私は……お父さんに嫌われてると思ってた」
「可愛いひとり娘を嫌う父親がどこにいる。本当は琴子にも渡したくなかった。だけど、琴子を傷つけていた俺には主張する権利がなかったんだ」

気づけば、私の両目からも滝のように涙が溢れていた。わだかまった気持ちが涙になって流れていく。

話せばよかった。伝え合えばよかった。そうすれば、こんな誤解し合わずに済んだ。
家族だって、言葉にしなければ相手の気持ちはわからないというのに。

「幾子、すまなかった」

父が頭を下げた。つま先と絨毯に涙がぽたぽた染みを作るのが見えた。

「おまえが嫌ならもう金剛には戻らなくていい」

私を見つめはっきり言い切る。父がこんなにも私を真っ直ぐに見つめたことがあっただろうか。初めてのことだ。

「おまえが幸せになれない結婚ならやめていい。諭と三人、またこの家で暮らそう。いびつかもしれないが、家族をやり直そう」

その申し出は叶わない。だけどすごく嬉しかった。父の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったから。