『はい』

お手伝いさんの声が聞こえる。

「ただいま帰りました」

かつて八年間そうしてきたように私は実家の玄関でドアスピーカーに向かって言った。
すぐに玄関が開く。仲からお手伝いの寒河江さんが飛び出してきた。大柄な身体をゆすり、門までとことこかけてくる。

「幾子お嬢さん?どないしはったん、急に~!」
「ちょっと里帰り」

すでに孫もいる60代の寒河江さんはふくよかな身体で私を抱き締めた。
するとその後ろ、玄関からスーツ姿の父が出てきた。おばけでも見たかのような表情をしている。時刻は八時半の出勤時刻だ。帰ってくるタイミングがイマイチだったと今更思った。

「幾子……おまえ……」
「ただいま帰りました」

私は寒河江さんの抱擁から抜け出し、父を見つめた。
ひたすらに無表情に。この家で対峙するとき、私と父はずっとこんな距離だ。
しかし、何か言いたげな父に対してこの態度は『質疑応答は受け付けません』という表明に映るだろう。
感情を表立って表明したことがないので、私の様子に父は怯んだ様子だった。怒っているわけじゃない。何も追求してほしくないから虚勢を張っただけ。

それ以上やりとりせず父の横を通り過ぎる。
玄関で靴を脱ぎ、重たい身体を引きずるように階段を上って懐かしい自室に入った。