東京の祖父母の元へは行かなかった。イタリアの母の元へ飛ぶ気もないのでパスポートも置いてきた。
東京駅に向かうと迷わず特急券を買い、コンコースへ進んだ。
逃げ場にするつもりはない。だけど、当座一番現実的な一時避難場所はそこしかなかった。

海が見えてきた。キラキラと光る波が綺麗だ。
ヨットや舟、サーファーの姿が豆粒みたいに見える。別世界みたいだ。私は重たくてだるい身体を椅子に載せているだけで精一杯。目の前がくらくらとしてきた。

携帯のアラームを到着時刻近くに設定する。私は半分ブラインドを下ろし、窓枠によりかかり目を閉じた。エアコンが効き過ぎて寒い。カーディガンを持ってこなかったことを後悔しながらも、強烈な眠気に抗えず、するすると眠りに落ちて行った。
新幹線は私を京都まで運んでくれるだろう。

京都に到着すると、むわっとする湿度を感じた。
盆地のこの土地、夏はことさら暑い。東京の人たちがいう「湿度が高い」なんて、こちらの人間からしたらさっぱりしたものだ。
タクシーを使おうか迷って歩くことにした。身体は相変わらずダルく、しんどいけれど、あと少しなのだ。

京都市内にある戸建て住宅。
一応、私の実家である甘野家。現在は父がひとりで住んでいるはず。チャイムをためらいなく押す。