恋はオーロラの 下で

前泊の予定は4人だったので部屋はツインを一人で使った。

今頃今日子と坂口さんは二人で夕食を楽しんでいるのだろうか。

海老原さんと私は駅前で軽くピザを食べてから

早々に各自の部屋へ戻った。

私は隣の部屋にいる海老原さんを想ってぼんやりとしていた。

「コンコン。」

ドアをノックされた。

「はい。」

「ごめん。寝てたかな?」

「いいえ。」

どうしたのかしら?

海老原さんはまだ着替えていなかった。

私もまだ昼間のままでシャワーも浴びていなかった。

「ちょっとラウンジで話したい。いいかな?」

「はい、構いませんけど。」

何かしら?

気になった。

「何か飲む?」

「ホットウイスキーなんてどうかしら?」

「いいね。」

耐熱ガラスのマグからはほのかにアルコールの湯気が立った。

「いい香り。何に乾杯しますか?」

「じゃ、明日のフェスタに。」

軽くかかげて乾杯した。

ごくッとひと口飲んだ。

「ふぅ、やっぱりこういう風にリラックスするっていいですね。」

「そうだね。」

カウンターには私たちの間に小さなキャンドルが揺れていた。

「少し話したかったんだ。」

「私もです。」

「そう。」

「山の話だけでなく、私は海老原さんのことをもっと知りたいと思っています。」

「そう。俺は自分でも殻に閉じこもるタイプだとわかっていて、どう言ったらいいのかもわからない。」

「では、私から話してもいいでしょうか?」

「うん。」

「ありがとうございます。」

私はもうひと口飲んで、引っ込み思案な自分にさよならしたいと思った。

「私はクリニックに勤務しています。専門はメンタルです。」

「精神科医ってこと?」

「そうです。堅い印象だと自分でも思っています。患者に対してはスムーズに話せるのに、自分のことになると全然ダメで、今日子には山オタクの堅物だとよく言われてます。」

「俺も似たようなものだ。」

「それで、いきなりで申し訳ないですけど、海老原さんは私のことをどうお思いになられていますか?はっきり言っていただいて構いません。」

「どうって言われても。」

「嫌いなタイプでしょうか?」

「好きとか嫌いとかではなく、俺はもっとたくさんのことを話したいと思っていて。」

「本当ですか?私も同じです。」

「それなら良かった。」

「私、嬉しいです。そんな風に言ってもらえて。」

なんだかくすぐったい気持ちでいた。

「最初に言いにくいことがあって、それでいろいろためらいがあった。」

「海老原さん、私知っています。義足のことでしょ?」

海老原さんは私が気づいていたことにびっくりしていた。

「クリニックには交通事故などで失った身体の一部と同様に心も欠けてしまった患者が毎日通院されています。私は彼らのために聞き手となって前進できる方向へ導く役目を担っています。とても難しいことですけど。」

「そうだったんだ。それを聞いて心強く思うよ。俺はやわだといつも坂口に言われててね。」

「テクニカルなサポートはできませんけど。」

「運命みたいなものがあるなら、俺はそれを信じたい。」

「私は信じます。だって私、海老原さんのことを好きになってしまって、どうしても会いたかった。でも自分からは言えなかった。気づいたら今日になっていました。」

「俺はそんな君のすべてに気づけないんだ。それでも俺は必要とされているのだろうか?」

「はい。」

「キッパリ言うんだね。」

「はい。」

「参ったな。」

二人で笑い合った。

「君の思うようにいかないかもしれないし、俺は急ぎたくない。君との距離はゆっくりと近づけていけたらと思う。」

「わかりました。でも最初はわがままを言っていいでしょうか?」

「何かな?」

「私のことは、ゆり香と名前で呼んでもらえませんか?」

「かなり抵抗あるな。」

「お願いします。」

「わかった。ゆり香。」

「ありがとうございます。」

「で、俺のことは?」

「仁さん、だと呼びずらいです。」

「呼び捨てでいいよ。」

「じ・ん。」

私はゆっくり言った。

「抵抗あるだろ?」

「はい。かなり。」

再び笑い合った。

当日は山頂から見なくても山肌は登山客のカラフルな点という点で埋まった。

登山道は大渋滞である。

「年々増えるな。」

「本当に。でも嬉しいことでもありますね。」

「うん。」

「このペースだと、山頂には正午でしょうか?」

「そうだな。山腹で折り返して早めに下りてもいいしね。」

「それなら、川沿いの木道を歩いてみたいです。」

「いいよ。」

「川辺に下りてトレッキングのお話を聞きたいんです。」

「また?昨日もあの後ラウンジで散々話したよ。」

「いいえ、まだ聞きたいことが山ほどあるんです。」

「参ったな。」