恋はオーロラの 下で

私は先頭を切ってタクシー乗り場へ急いだ。

海老原さんが助手席に乗り込んだので

必然的に私と坂口さんが後部座席に乗った。

「ケガの具合がどうなのか言わなかったわ。大丈夫かしら。」

「電話口であれだけペラペラしゃべれれば大丈夫ですよ。」

坂口さんは内心ものすごく心配しているはずだ。

今日子のフィアンセである坂口さんが海老原さんのサークル仲間ですって?

私は頭の整理がつかないでいた。

「着いたわ。」

リュックを担いだ登山姿の三人が病院のエントランスに入ると

そこらにいた全員が私たちを見た。

場違いな雰囲気だとわかったが

救急エリアへ足を進めた。

「ゆり香!」

「今日子!」

私は小走りにかけ寄った。

長いすの一つに座った今日子は右腕を白い三角巾で吊っていた。

「具合は?」

「肩を打ったのと、背中がちょっと痛いくらい。」

「でも顔色が悪いわ。」

「大丈夫よ。ちょっと貧血っぽいかもだからー。」

「今日子さん。」

坂口さんがひざを曲げて今日子に声をかけ

心底ホッとした顔で見つめた。

「一也、ごめんなさい。心配かけて。」

私は今日子の言葉に驚いた。

初めて聞く女らしいトーンだ。

海老原さんとその場を離れた。

「大丈夫そうで良かった。」

私もホッとした。

「あの様子だと坂口はフェスタに来ないだろう。」

「そうですね。」

ということは海老原さんと私だけになる。

「どうする?これから行く?俺は参加したい。」

「私も参加したいです。よろしくお願いします。」

今日子と坂口さんの二人の仲良さそうな甘い雰囲気を見たからだろうか

私は自分から積極的に言った。

「よし。」

お互いに笑顔を交わした。

海老原さんは坂口さんに

私は今日子に出発することを話した。

「今日子、お大事にね。そしてご婚約おめでとう。私には内緒だったみたいだけど。」

「ゆり香、私はゆり香にも幸せになってほしいだけ。ただそれだけなの。小学校の時いじめられていた私を助けてくれた、私の味方はゆり香一人だけだった。私はずっとゆり香だけにしか気を休めることができなかった。私にはゆり香以外心が安らぐ友達がいなかった。わかってゆり香。」

「もちろんよ、今日子。私もこれからはちゃんと話す。フェスタから帰ったらまたお見舞いに来るから。」

「ゆり香、ありがとう。待ってるね。」

坂口さんに会釈して海老原さんの後を追った。

今日子はいわゆる富豪の家に生まれ

幼いころからお金持ちのお嬢さま風に見られていた。

だが両親はごく普通の共働き家庭として今日子を保育園に預け

小学校も私立ではなく地元に通わせた。

クラスでは金持ちの家の子として常にいじめの対象になり

その多くは言葉によるものであった。

ある日の給食の時間にいつものごとく今日子がターゲットだった。

「フルコースでなくても食べるのか?」

給食係の生徒にそう言われ

クラスメートのほとんどがフルコース、フルコースと何回も大声で合唱した。

「うるさい!」

私は本当にうるさいと思って声を張り上げた。

「金持ちだろうと貧乏だろうと子供は親を選べないんだから、いちいち難癖つけるな。恥ずかしいと思わないの?言いたいことがあるなら自分んちの親にわめけ!」

教室が一瞬でしーんとなり皆がビックリした顔で私を見た。

あちこちでごめんなさい、ごめんと小さい声が聞こえた。

給食中はその日だけ静かに食べることができた。

聞こえるのは放送室から流されるクラシック音楽の曲だけだった。