妻の葉子は昨年、流産した

玄関の小さな段差で転倒したのだ。

それがこたえたのだろう精神的にまいっているようだ。

そんなある日

「ねえあなた、あそこを見て」

妻の指差した方を見てもただの庭しかない。

「亡くなったあのこが生まれ変わって私たちに会いに来たのよ」

私はなにもいないと言いたかったが

葉子にムダな負担をかけたくない。

「そうだな、きっと君に会いに来たんだよ」



次の日も妻は庭に指を指して

「あ、また来たわ、わたしたちの子供…」

「ほんとだね…」

私は妻に適当に合わせながらも

庭になにか黒い影が見えたような気がした。



数日たっても相変わらず妻は庭を見つめている

「また、僕らの子供がいるのかい?」

「え、ええ…」妻は口ごもりながら答えた。



今日は久しぶりに妻が出掛けていた

私はなんとなくいつも、妻が眺めていた庭に目をやる

いる

なにかがいる

庭に植えている木…その上になにかがいる

私はそっと庭に出てみた

木に近づいておそるおそる見上げる

「………!」

頭の大きな子供

頭だけが異様に大きく、胴体がガリガリで小さい

目は暗い大きな穴が空いているかのように真っ黒だ

そいつが、庭の木の枝に座っている。


「ピイ」


頭の大きな子供は言葉を発した


「ピイ」


別の場所からも声が聞こえる

よく見ると

無数の頭の大きな子供たちが木の枝に座っていた。


暗く虚ろな目で私を見下ろしている


私はそのまま、気を失った




「主人の病状はどうなんでしょう」


病院の医師が答える

「病状というよりも精神的にかなりショックをうけてます」

「主人ったら、私が流産をしてから気がふさぎがちだったんです」

医師は症状を詳しく聞きながらカルテをとる。

「それで私ある日、庭の木にムクドリの親子が巣を作っているのを見つけたんです、ヒナもいてそれはかわいくて」

医師はペンを落としたがまた、拾って書き続ける

「それで、主人を元気づけるためにあのこ…ムクドリのヒナのことですけど、ヒナのいる巣を指差して言ってあげたんです

亡くなったあのこが生まれ変わって私たちに会いに来たのよって
そうしたら主人は四六時中、庭を眺めるようになっちゃって…
あの人、ほんとにムクドリを自分の子だと思い込んじゃってるのかしら…」



医師はその夜、所見をかく。

「葉子の夫、悠生は葉子の流産直後から精神的に錯乱状態にあった、恐らく幻覚が見えるレベルまで症状が進行していたのだ

亡くなった子供が見えると叫んでいる

しかし、なぜ悠生はここまで追い詰められていたのだろう?確かに父親もショックを受けるだろうが、一時でも自身の腹に子供を宿していた妻のほうが、流産をすると精神的に追い詰められるものではないだろうか」



現在、悠生は精神病棟の隔離部屋にいる。

「ピイ」

頭の大きな子供が悠生の部屋の窓の鉄格子から覗いている

「ああ!うるさい!私を見るな!」

なおも、頭の大きな子供は数を増やしているようだ

「ピイ」「ピイ」「ピイ」「ピイ」「ピイ」「ピイピイピイピイピイピイ…」

「あの日、葉子を突き飛ばして流産させたのは俺だ…許してくれ…頼む…」