家を出た私は早まる足で沙良木の家に向かっていた。最悪遅刻してもいいと思うほど、沙良木に起きた異変を重く受け止めていた。

見慣れた家々に挟まれた、車一台が通れる道を進む。出来るだけ早く家に着くことに必死で気付かなかったけど、前方に歩いている店長の背が見えた。

そうだ、やり取りが終わってから沙良木はバイトに行ったはず。何か気付いたことがあるかもしれないし、家に行く前に聞いてみよう。

更に足を早めて後ろにつき、すみませんと声をかける。店長は何故声をかけられたのかわからないとばかりに呆けた顔をした。

「少し時間を頂いてもよろしいですか?」

「いいけど……何?」

「昨日、沙良木に何かおかしいところはありませんでしたか?実は今朝アカウントが突然消えていて、電話番号で検索しても全然違う人のものが出てくるんです」

「……沙良木って誰かな?」

嘘をついているとは思えない、純粋な疑問を返された。
あり得ない。ほぼ出勤していないバイトならまだしも、沙良木を忘れるなんてことがあるものか。

数野によると、仕事の覚えも早く店に欠かせない存在と言ってくれていた。沙良木も店長の言葉に答えられるよう頑張っていた……。

沙良木の考えたメニューは!?タイムカードは!?何もかも昨日の夜突然消えたとでも言うの!?

「アルバイトの店員に……高校一年生で、前髪で顔を隠している、沙良木っていう人がいたはずなんです」

弱い声で、これでもかというほどわかりやすい特徴を述べた。沙良木は印象に残る人のはずだ。普通なら忘れられる訳がないのに……

「そんなバイトはいなかったと思うよ。新しいバイトなんか入ってこないからいつも人手不足だし……人違いじゃないかな?」

店長は困ったような顔で私の目を覗き込む。
もうこの人は沙良木のバイト先の店長ではないのかもしれない。

「そうですね……人違いかもしれません。お邪魔して申し訳ありません」

「いやいいよ。帰り道だしね、気にしないで」

頭を下げると、いたたまれなくなってその場を走り抜けた。

沙良木、試作のドリンクを飲ませてくれるって約束したよね。否定されたら悲しくてこのことは聞けなかった。
約束どころか店長の記憶も抜け落ちてしまっている。沙良木は一体どうなってしまったの?

二人が楽しみにしていたことはもう叶わないのかもしれない。そう思うと悲しくて涙が溢れていた。