ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




『観てたのに・・・まあ、そのうちまた、ニュースでやるだろう。』

俺は次のニュースを小耳に挟みながら、味噌汁でも作ろうと手に取った大根の皮むきを始めた。


休日は気分転換がてら自宅で食事を作る
それも俺の休日
時にはおかずを作り過ぎることもあるけれど、それを大胆にリメイクして、上手くいけば楽しかったりする
上手くいかなかった時、眉をしかめながらそれらを食べる
それも俺の休日だ


『1人なのに、なんで竜田揚げしようと思ったんだろ?』

出来上がった(さば)の竜田揚げを皿に盛り付けながら、スーパーの惣菜コーナーで買って食べたほうが、どう考えても合理的と思ったりするのも俺の休日


こんな休日を送るのは仕事ばかりで私生活が色褪せていることを自覚してきた自分への
反省から
そして1人の寂しさを自覚しないようにするための悪あがきから


『揚げ時間、長すぎたな、コレ。』

少し衣が焦げた(さば)の竜田揚げをガリッと咥えた夕飯はちょっぴり苦くてしょっぱい感じがした。


『ちゃんと食べられるようになったか?白飯。』

口直しに食べた白飯のせいで、退院した伶菜が今、どうしているのか気になった。


そのせいで今度は心のしょっぱさを感じずにはいられず、
自分が色褪せていた日常に再び戻ってしまったことを痛感させられた。


忙しすぎて、病院で寝泊りする日々も
病院売店のおばちゃんに ”またメロンパン、食べてる” ってイジられるのも
超過勤務の入力をうっかり忘れて、部長に注意されるのも
ふらりと帰ってきて、飯を作りすぎて苦笑いするのも

そんなどこか色褪せていた自分の日常なんか当たり前だった

でもそんな自分の日常に彩りをもたらしてくれた彼女の存在が少し遠ざかり始めたこと
それが当たり前の日常に戻ることへの落胆を引き出すなんて
自ら命を絶とうとしていた彼女の腕を強く引いた時には思ってもみなかった



『時間が経てば、当たり前の生活に戻れるだろ。』

自分に言い聞かせる独り言がこぼれてしまうという俺も今まではなかった俺だと驚く



特定の相手の存在によってこういう色々な感情が頭の中に沸き立つ状態を何というのか

『俺が一番やらなきゃいけないのは彼女と胎児の体を守るコト・・・だ。』

彼女の主治医である俺は多分、その答えを口にしてはいけないんだろう



俺はそんなことを思いながら、色褪せた日常に戻り日々を過ごした。