【Hiei's eye カルテ18:隠していた過去と隠している本音】
ピッピッピッ・・・・
ストレッチャーのキャスターが転がる音からやや遅れて聞こえてきた心電図モニター音。
「サチュレーション、今いくつ?」
「85%です。」
「経過、慎重に追っていって!」
それだけでなく、ドクターらしき人達の緊迫感のある声も。
『手術、終わったんだ・・・・』
家族待合室に居てしばらく黙ったままだった俺達の間に流れていたどこかぎこちない空気を変えたのは、彼女がずっと待っていた人が還って来た音だった。
手術を終えた伶菜の息子がストレッチャーに横たわったまま多くの医師達を従えてこっちへ戻ってきた。
その姿を少しでも近くで見ようと彼らの元に駆け寄った伶菜。
彼女の背後にいる俺の角度からは彼女の表情は全く見えない。
はっきりと見えたのは、彼女の前で一度止まって、すぐにICUのほうへ向かった小さなそのストレッチャー。
そして
「キミとの約束、ちゃんと守ったよ。キミと初めて会った時に交わした子供を助けるという約束を。」
晴れやかな表情で伶菜にそう語りかけた人物の姿。
伶菜にとって今、一番大切な存在の彼女の息子
その彼の命を救ったのは
俺が幼い頃から憧れ続けるあの人でもなく
そして、俺でもなく
「お母さんもよく頑張ったね。」
今、手術を終えたばかりの、俺もよく知った顔の執刀医だった。
まだ生後1ヶ月という体の全ての器官がとても小さい新生児
しかも、完全大血管転位症という心臓に繋がる血管の構造異常
心臓血管外科医師は全国数多くいるが、小児の心臓手術を扱う医師はさほど多くない
しかも、完全大血管転位症の手術はとにかく難易度が高いらしい
「凄く、待たせてしまってゴメンね。祐希クンもお母さんもよく頑張ったね。」
医療の力で、しかも特殊な技術で
伶菜とその息子を支える、そして、守る
自分がやりたかったことが、
自分じゃない人間の手で今、まさに目の前で繰り広げられている
それに関わった執刀医
その人間に対して俺は初めて
同じ医師として感謝と尊敬という想いを抱き、
そして
医師という立場で初めて・・・嫉妬という感情を覚え、唇をグッと噛んだ。