シンと静まり返った小屋に、はぁと溜息が大きく響いた。

「無駄足だったってことか。……戻るぞ」

 振り向けばラグがさっさと隠し階段を降りようとしていて慌てて声を掛ける。

「ちょ、ちょっと」

 いくらなんでももうお別れだなんて寂し過ぎる。
 しかしぎろりと睨まれてしまい、うっと言葉に詰まる。

 ……お城では王様やアルさんが苦しんでいる。それはわかっている。けれど今別れたらきっと、もう二度とこの親子が会うことはないのだ。

 だから、せめてもう少しだけ――そう言おうとしたときだ。

「……わからないじゃないか」

 絞り出したような声。
 王子は胸元の笛を強く握り締めていた。

「まだわからないじゃないか! あいつは……王は、母さんのことをまだ愛しているかもしれないじゃないか! だって王は、この笛を母さんに渡したんだ!」

 それはきっと彼の願い。そうあって欲しいと願う、彼の必死な叫びだったろう。
 しかしお母さんはその悲しげな笑みを崩さなかった。

「あの頃は、なんだよ。ツェリ」

 宥めるように、彼女は言う。

「私はね、人生一度きりの最高の恋だったと思っているよ」
「なら、王だって!」

 お母さんは首を振る。

「言ったろう。今あの人のそばにいるのは……この十数年、あの人をそばで支えていたのは王妃様だ。今更、私の出る幕は無いんだよ」
「でも……」

 更に続けようとした王子の頬に手を触れ、お母さんはそれまでとは少し違う声の調子で訊ねた。

「ひょっとして、お前にももうその笛を渡すと決めた相手がいるのかい?」
「!」