「じゃあね、春川さん。……篤をよろしく」
そう言うと、実に軽やかな足取りで聡くんは去っていった。
わたしに告白したなんて、夢か何かだったんじゃないかというくらい、いつも通りの彼だった。
「なんだか……」
風のような人だと思った。
南から強く吹く春の風。
花を散らせ、花びらを躍らせ、楽しげに笑って去っていく。
そんなつかみどころのない人。
図書館で勉強を教えてくれた、不器用な優しさを持っていたあの人とはちがう、と。
いまはっきりとわかった。
1年の頃、私に勉強を教えてくれたのは、弟の平くんではなかったんだ。
わたしは、廊下の先を見つめ、引きつけられるように一歩踏み出した。
そして駆けだす。
高校生活最後の1年を過ごした、あの教室へ。


