そんなある日のことだった。
酒を飲んで帰ってきた父さんが、最初に目についた母さんに殴りかかったんだ。
俺はそれに気づき、すぐさま庇いに入ったが、その日の父さんの目はいつもと何か違っていた。
ブツブツと何か言いながら、俺の首を勢いよく締めてきた。

「…………ょ…………だってよ…………俺は会社には必要無いんだってよォ!!」

父さんは、上司からクビを食らったみたいだった。

「なんでだよ……俺はあんなに頑張って……毎日頑張って……文句も言わずに完璧に働いてたのに!!」

ぐっと父さんの手に力がこもる。
喉を両手で握り潰されるんじゃないかと思うくらいの強さだ。
すぐに母さんは父さんの手を退けようと、俺との間に割り込んできた。
この時、嫌な予感がしていた。
父さんの手は俺の首から離れ、その手は母さんの首へと思いっきり掴みにかかった。

「……ッやめろよ!!んなことしても意味ねぇだろ!!母さんを離せ!!」
「お前らがいなけりゃ、俺はこの家を守るために必死に働かなくていいんだ!!お前ら二人とも死ねばいいんだ……死ねェェ!!」

もう、狂っていた。
父さんは、父さんじゃなくなっていた。
父さんの本当の姿は……優しい方じゃない。乱暴で暴力的なこの姿の父さんが、本当の父さんなんだ。

この時の俺は、そう考えることしかできなかった。

母さんの力はどんどん抜けていく。
苦しみながら涙を流す母さんの姿に、俺は耐えられなかった。
もう説得する力さえ、残っていなかったんだ。

俺はキッチンに置かれていたある物に目をつけた。
包丁だ。

……これしかない。
父さんを止めるには……これしか……。

怒り、恨み、そして……殺意。
俺の中に眠っていた感情が、ふつふつと湧き上がってくる。

キッチンに向かい、迷いなく包丁を手に取る俺。

このままじゃ母さんが死ぬ。
父さんに殺される。
ならその前に俺が……!

俺は、父さんの背中に近づいた。