店員さんの目を気にしながら、それでもグズグズ居座っていると、とうとう黒い後ろ姿がたらたら歩いているのを見つけた。

「す、すみません!」

通路にいた人を押し退けて、急いでコンビニを出た。
おでんなんて買っている余裕はなかった。
襟の内側にファーのあるカジュアルなコートの背中は、吐息にも崩れそうなほど弱々しい。

「川奈さん!」

ゆっくりと振り返った川奈さんは、感想戦のときと同じように朗らかに笑った。

「あれ? 弥哉ちゃん、どうしたの?」

会いたかった、と素直に言うこともできず、何か適当な理由を見繕うこともできず、私は息を乱しながら言葉を探した。

「………………二色のミニロールケーキが食べたくて」

「ああ、あれね」

「川奈さん、買ってきて」

コンビニから飛び出してきて奇妙なことを口走る私を、川奈さんは少しだけ首をかしげて見つめた。

「そういえば、俺夕食食べてない」

「え? まだ?」

「ラーメン食べたい。弥哉ちゃんも行こう」

私の手を取って、返事も待たずに歩き出す。
川奈さんの手は、氷のようだった。

「手、冷たい」

「手袋するの忘れてた」

ラーメンを食べたいと言うくせに、川奈さんは駅に続く賑やかな通りより一本隣の道を行く。
ぬくもりのない手を温めたいと思っても、徐々に私の手まで冷たくなるほど、そこには体温がなかった。

「……あの、お花とチョコレートありがとう。すごくきれいだった」

「ああ、うん」

「もったいなくて、まだ食べれてないんだけど」

「そっか」

走って逃げたくなるほど、川奈さんの返答は素っ気ない。
手を握られていなければ、実際にそうしたと思う。
冷たい手だけが、私を引き留めていた。

「本当は、挑戦決めて格好よく渡せればよかったんだけど」

上手に返すテクニックもなく、私はただ首を横に振った。

「たまに聞くけど『負けたけど悔いはない』って、本当にあるのかな?」

聞いておきながら、口調はすでにその言葉を否定していた。

「負けたら、悔いしか残らないよ。人生で何千局何万局指して、その半分くらい負けてるのに、悔いの残らない負け方なんて知らない」

将棋はメンタルの殴り合い。
勝っても負けてもなるべく早く切り替えて、常にフラットな姿勢で次に臨むのが理想だという。
実際トップ棋士は、一局の勝敗にさほどこだわらないらしい。

でも、全力で前のめりに頑張ったものを、そんなにかんたんに切り捨てられるものだろうか。

「わかってるよ。こんなの意味ないって。じっとしてられなくて、途中で電車降りて歩いてきたけど、こんな無意味なことしてるより、さっさと帰って勉強した方がいいんだ。わかってるよ。でも収まらないんだ」

手を握る力が強くなった。
自分で自分を攻撃しないといられないほどの怒りが、わずかな痛みを通して伝わってくる。