棋王戦挑戦者決定トーナメントのベスト4以上は「二敗失格制」となる。
一度負けても敗者復活トーナメントに回ることができ、敗者復活トーナメントを勝ち抜いた人と、一度も負けずにストレートでトーナメントを抜けた人が戦って、勝った方が挑戦者(タイトル保持者と番勝負をして、タイトルを争う)となるのだ。

しかし、そこは「変則二番勝負」と言われていて、ストレートで上がってきた人は二番勝負で一勝できれば挑戦者になれるけれど、敗者復活から上がってきた人は二連勝しなければ挑戦できない。
とても複雑だけど、つまりはベスト4以上になると、一度負けてもチャンスがあるシステムになっている。

川奈さんはベスト4まで行ってから一度負けて、そこから敗者復活戦を勝ち抜いた。
その勢いで二番勝負も初戦を勝ち、あと一勝で棋王挑戦者となる。

相手は現在名人を二連覇中、この秋に王座も奪取して二冠の棚原(たなはら)名人。
正直なところ、初戦を取ることさえ難しいと思ってた。

現在三十四歳の棚原名人は、一本の線になるようなうつくしい将棋を指すのだという。
すべての手が理屈で説明できるような。
詰将棋解答選手権でも毎年上位に入っていて、終盤の切れ味は抜群。
清潔感のある外見、謙虚で物腰やわらかな態度、凛とした佇まい。
要するに、川奈さんとは対極にいるような御仁だ。

対戦相手が棚原名人に決まったとき、絶対に勝てないと思った。
“名人”という看板に私はすっかり怖じ気づいてしまったのだ。
だけど、差し入れを渡したとき川奈さんは、

『俄然やる気出るよ。そうそう当たれる相手じゃないんだから』

とカラリと言ってのけた。

『今の棚原さんとやりたいよ。時の名人と指したい人なんて山ほどいるのに、俺は二番指せるチャンスがある。それに、名人に二連勝して挑戦決めたら、すげー格好良くない?』

強い相手に怯えるなんて、素人だけなのかもしれない。
そもそも棋士になるような人は、強い相手とやりたくて、強くなって倒したくて、より強い相手の方が燃える性質を持っているのだろう。

対局も年末年始は休みになるので、この挑戦者決定戦も十二月半ばに第一局、年末ギリギリに第二局が組まれた。
世間がクリスマスと年の瀬で賑わう中、大勝負に挑む川奈さんがどう過ごしていたのかはわからない。