センチメンタル・ファンファーレ


私の目的は三十分と経たずに終わったのに、縁くんのスーツ選びは難航した。
別に勝手に決めてくれて構わないのだけど、“デート”の手前なのか、一応見せてくれる。

「どう?」

「いいと思う」

着替えるたびに同じやりとりを繰り返しているので、次からは試着室のカーテンが開く前に答えてやろうかと思う。
本当に何を着ても様になるのだから、「いいと思う」しか言い様がない。

縁くんも気にしているのは見た目ではなく、生地の方だった。
腕を動かしたり、屈伸してみたり、スーツで運動でもするのか、という奇妙な行動だ。
何より、試着室でしばらく正座して考えている。

「どう?」

今度は私が問いかけた。

「さっきのよりはいいかな。腕も動かせるし」

正座したまま、何度か腕を前に伸ばす。
うなずく私と縁くんを店員さんは笑顔を張り付けて見守っていた。
最初こそ「こちらはスッキリとスタイル良く見えます」とか「通気性もよくて、夏にはおすすめです」などと教えてくれたのだけど、縁くんが「腕を伸ばしたときひっかかる」「正座したら皺になりやすそう」と、すべて退けていたのだ。
試着室に正座して身体を動かす姿は異様で、きっと怪しんでいるに違いない。

「これにする」

結局私の意見なんて最初から求めておらず、自分ひとりで決めていた。
黒に近いネイビーで、無地に見えるほどの薄いシャドーストライプ柄。
シンプルだからこそ、スタイルの良さが際立つ。

「お直しナシ……」

裾直しでカットされない人を初めて見た。
お兄ちゃんなら、ポケットひとつ増やせるくらいに余るのに。

「ふふふ。本当に脚が長いですね」

そう言ってカーテンをそっと閉めた店員さんは、巻き尺をしまいながら囁いた。

「素敵な彼氏さんで羨ましいです」

嘘っぽくないその笑顔に、大きなまばたきを返す。

「彼氏に見えます?」

「違ってましたか? 申し訳ありません!」

「いえいえ、それでいいんです」

それなりに親しく見えるなら、頑張って親睦を深めた甲斐もある。