「それで? そのあとどうしたの?」

「帰った。残ってなくて本当によかった」

「なんで?」

「川奈のやつが優勝したんだよ。思い出しても腹立たしい」

「お待たせー。なになに? 川奈くんの話? 最近よく話題になるね」

ちなちゃんは立ったままメニューを開いて「瓶ビール」と注文してから、店の隅に積んである丸イスを持ってきて座った。

「ちなちゃん、デートどうしたの?」

「デートっていうか、不動産屋数件回ってきたの。引っ越しはまだ先だけど、いい物件あったら連絡くれるように頼んできた」

「吉岡さんは?」

「仕事の途中で抜けてきたからって戻った」

小さなグラスに手酌でビールを注ぎ、ひと息に飲み干す。

「あー、おいしー」

ちなちゃんは勢いに乗って、舞茸の天ぷらに塩を振る。

「川奈くんってさ、あの女流棋士と付き合ってたりするの?」

お兄ちゃんがメガネのブリッジを中指で上げた。

「誰?」

「テレビに出て一緒に解説してた、あの美人のさ」

「篠井女流?」

「名前知らない」

テーブルに並んでいた料理を次々食べ、さらに追加注文までしているふたりの横で、私はすっかり手を止めていた。

「篠井女流と川奈はネタみたいに扱われてるけど、付き合ってない。ちゃんと彼氏いるのに篠井さんは不幸だよな」

「そうなの?」

「そもそも川奈は前の彼女と別れて、今のマンションに引っ越したんだよ。あれ以来彼女いないんじゃないかな。あいつのことなんて知らんけど」

嫌でも聞こえてきてしまう川奈さんの恋愛事情に翻弄されていると、

「そうなんだ。よかったね、弥哉」

とちなちゃんが言った。

「ええっ!!」

「はあ!?」

私とお兄ちゃんが驚いてちなちゃんを見ると、本人は豚の角煮に辛子をつけすぎて悶絶していた。
お水を半分くらい一気に飲んだので、セルフサービスのデキャンタから足してあげる。

「だって弥哉、最近川奈くんに差し入れしてるよね?」

「……ご馳走になったお礼だもん」

「川奈くんが出てた番組も録画してあったし、ゴミ出しも積極的に行くし」