お兄さんを完全に受け入れている姉と兄に「これ誰!?」と視線を送ったけれど、

「あー、この玉子やさしい味ー」

と気づいてくれない。
お兄さんははにかみながら、自分で自分を抱き締める。

「そうなんですよ。絶望してる俺にも、玉子はやさしい」

「お前にやさしいのは玉子だけだけどな」

「ねえ、『わたし、線香花火がいちばん好きぃ』っていう女ってどう思う?」

「他に花火の名前知らないんじゃないですか? あのシューッて出て色変わっていくやつとか、名前知らないし」

「シューッてやつで線香花火っぽいのもあるよね。あれじゃダメなのかな?」

「だから、名前知らないんですよ、きっと」

「あの! どちらさま?」

しびれを切らした私は、直接本人に尋ねた。
すると彼は今気づいたように、

「あれ? 知らなかった? 川奈(かわな)です」

と言う。

情報がひとつ増えたところで、事態は好転も悪化もしていない。
「どちらの川奈さん?」という質問も追加するべきなのか。
迷ってる間にちなちゃんも、

「どうも、千波(ちなみ)です。あとこっちは妹の弥哉(やや)です」

とふたり分だけ名乗っていた。

「川奈くんは二階だよね」

「201です」

「角部屋いいなー」

「西日結構きついですよ。キッチンが特に」

「あの! どちらさま!?」

ふたたび同じ質問を繰り返すと、三人ともようやく私を認識してくれたようで、ちなちゃんが説明してくれた。

「同じマンションの人だよ。会ったことない?」

私とちなちゃんは一緒に住んでいる。
2LDKの五階建てマンションの三階。
私の大学進学とちなちゃんの就職が同時期だったため、節約も兼ねて同居し、私が就職してからもそのままだった。

ちなちゃんに言われて改めて川奈さんの顔を見たけれど、五~六回会ったくらいでは覚えられないようなインパクトのない顔だった。
そんな私の表情を見て、川奈さんはふたたびテーブルに突っ伏す。

「えー、ひどい。俺弥哉ちゃんにはちょくちょく挨拶してるのに」

「いや、だって挨拶してる人なんてたくさんいるし。あと、名前馴れ馴れしいです」

「やっぱり俺みたいな価値のない人間なんて、名前も呼ばせてもらえないか……」

ちなちゃんは釜飯をよそって川奈さんに差し出した。

「川奈くんには前にお米運んでもらったこともあるの。その節はどうも」

「いえいえ。たまたま居合わせただけですから」

ちなちゃんが川奈さんをすんなり受け入れたのは、以前から顔見知りだったせいらしい。