日も傾いて、
階下も音ひとつしなくなった頃。
ギシ。
智はきしむ階段を上って、
木製のドアを開けた。
ダイニングと呼ぶには
違和感のある小さな空間に入る。
狭い台所。
泡だつスポンジで洗いものをしている姉ちゃん。
とっくに俺に気づいているくせに、
姉ちゃんは背中を向けたまま。
「ただいま」
ジャンパーを脱ぎながら、
智はさとみの顔色をうかがう。
「おかえり」
背中をむけたまま、洗い物を続けるさとみ。
「今日の夕飯はなんだと思う?
智くんの好きなハンバーグだよ。
しかも今日はデザートもあって」
智が喋るのを邪魔するように、
せきをきったように話し続けるさとみ。
「姉ちゃん」
智の静かな声に、
さとみがごはんの用意をしながら言った。
「もう会わないの」
姉ちゃんが緊張している背中を向けながら、
何でもないふりして言う。
キュ。水の蛇口を止めて
「社長にはもう、
二度と会わないって決めているから」
智に、次の言葉を告げさせない
さとみの迷いのない言葉。
智はもう何も言えなかった。



