その青に溺れる


最後に残った男がようやく椅子から腰を上げ、散らかったテーブルを片付け、埋もれた履歴書を取り出し、

「一回見れば充分」と言い、顎で促しながら差し出した。

それを受け取ると続けざまに携帯が返却され、ふと男が此方を見つめ始める。
間の抜けた顔しながら瞬きを数回繰り返して言う。

「目瞑って」

その言葉に何の疑問も持たず、ただ聞き返した。

「はい?」

「いいから目瞑って」と男は困ったような呆れたような表情を浮かべる。

鼻毛でも出ていたかと手の甲で押さえていると影が覆い、自分の手を押し避けて顔が近づき、生暖かい感触が唇に伝わる。
まるで一時停止されたかのように体は動くことが出来ず、疲労も空腹も何もかもが飛んで行き、把握出来たのは男にキスをされていることだけ。

啄ばむような口付けから舐めるように唇を這い、歯を擽り、僅かな隙間からこじ開けて口内を這い回り、絡め取って甘噛みし、その先を吸う淫らな音に気が遠くなりそうだった。
裏側から表から縦横無尽に這い回ったあと、再び啄ばむようにして顔が離れていく。

最早意識などない、キスをされたという事実だけが在る中、男は目の前で一つ首を振って言った。

「ま、初めてにしては上出来だな、取りあえず今日のギャラ分な、それ」

その台詞に徐々に意識を取り戻し、それを認識出来た時。
自分の中で[最低な男]と上書きされ、確実に保存された。

この男にとってキスなど日常茶飯事で女なら誰でもよくて、それは手短に済ませられるなら見た目も厭わないのだ。