「あぁ、時間だ行かないと・・・・・あ、付き人辞めたら連絡して、色々聞きたいから」
そう言いながらカノンは慣れた手付きでポケットから可愛らしい名刺をテーブルに置く。
その様子を眺めながら『私に聞かなくても・・・・・・』と言葉を飲み込む。
そして鍵を掛けようと足を運んだ玄関先でカノンを送り出す形になってしまい、靴を履いた背中が振り返って視線がぶつかり、カノンの口が開く。
「激しいんだね、彼、苦労しそう」と苦笑いを浮かべ、踵を返して去って行った。
聞いた事のある言葉が胸を掴み、叩きつけられたように鼓動が鳴る。
呼吸してるのかも分からないほど息苦しくなり、それを掻き消すかのごとく名刺をガス台で燃やして灰皿に投げ入れ、手早く荷物を纏めて燃えかけの灰皿に水を掛け、ゴミ袋と共に荷物を抱えて部屋を出る。
鍵を掛けてポストに落とし、ゴミ収集所に袋を投げて国道まで足を急がせた。
タクシーを拾って乗り込み、漫喫まで急がせ、狭い個室に入って深い溜息を吐く。
その日、深夜に電話が鳴らされ、表示された名前に電源を落とした。
PCをTVに切り替え通販番組にチャンネルを合わせ、それを眺めながら背もたれに体を預けて眠りを待つ。
少し見ない間にジョニーは髭を蓄え、ケニーも心なしか無精髭があるように見える。
二人は髭の有無関係なく格好良い、どちらかと言えば無いほうが素敵だが、あるほうは大人の魅力を醸し出して素敵な印象を与えてくれる。
不意に浮かんでくる彼の顔と無くなったルーティンワーク。
自分にとっては種類が豊富すぎて、どれを取っても甘くて蜜の味がするようなものは無いし、初体験も目眩く感動や快感があったわけでも無い。
それなのに煙草の匂いや味、唇の感触や手の温もりを思い出せるのか、
たった一言だけが思い付くのか、
今頃、あの席で誰かが彼の頭の先を見て、綺麗な青み掛かったうねる波のような髪に何を思うだろうか、答えは誰も教えてくれなかった。



