金曜日の朝、いつもなら仕事で居ない時間。
彼はソファーで携帯を眺め、指を忙しなく動かして時々大きな欠伸をしている。

自分は結婚式に相応しくて少しでも可愛く見える服に着替え、少し入念に化粧をして口紅を塗った。
赤みを帯びた唇と消えかかった薄紅の印が鏡に映り込んで『今日だけは』と考える。

鏡を閉じてポーチに入れ、バッグの中へと落とし、一息吐いてふと横を見ると大きな欠伸をしてる彼の顔。
広がった鼻の穴、吸い込まれそうな口、目尻の皺、若く見えた彼だが良く見れば年相応の顔をしている。

やけに欠伸が多い彼はいつまで経っても仕事に行く気配が無く、時間の迫った自分は腰を上げてバッグを掛けて玄関に向かう。

「行くのか」

此方も見ずに声を掛ける彼。

「はい、バスの時間があるので」

嘘に嘘を重ねる自分を送り出そうとする彼。

「必ず電話しろ」

「嫌です、昨日も言いました」

「いいからしろ」

「何回言われようと嫌です」

どっちつかずの押し問答を止める彼。

「わかった、悪かった、気をつけて行って来い、明日は仕事が入ってるぞ、忘れるな」