「黙れよ少し……」

その低い声に口を噤む。

貰った小さな紙切れごと捨てられたスーツ。
また会えるかも分からない人。
いつか会えるかもしれない人。

どうしてこんな身勝手に行動出来るのか、
どうしてこうも人の気持ちを考えないのか、

なぜそんなに強引に出来るのか
なぜそんなに自信過剰なのか

「やめてください」

住宅の駐車場に停まり、彼の手が伸びるのを強く掴んだ。
それを彼は簡単に捻り、自分は首元に潜り込む顔を避けながら、もう片方の手で強く拒む。
その手は何度も髭を掠め、次第に彼はそれを避けるばかりになり、気づいた時には指で髭を摘んでいた。

「気が済んだのか、まだ髭抜いてないぞ」

目の前の彼が揺らいで、それは徐々に距離を詰め、いつも見てる顔と唇が重なる。
自然に目を閉じた途端、力を無くす手に彼の手が絡む。

それは、とても優しいキスだった。
柔らかくて、煙草の味がするのにどこか甘くて
ゆっくりと這わせ、探るように、その先が絡んでは解ける

やがて唇が離れ、そのまま頬を辿って耳元に低い声と共に息が落ちる。

「機嫌直ったか」

そう言ったあと、彼は体を離し、苦笑いのような頼りない笑みを浮かべた。