「柚月……です」と口にした言葉は震えていた。

「可愛いね」

その声は若干甘さを持ち、静かに耳に落ちる。
昂りだす心臓の音が聞こえやしないかと落ち着かず、

「いえ、とんでもございません……」などと変な言語で返して笑みを作るが、それはどう考えても苦笑いだった。

「ね、連絡先教えて」

男性の言葉に膝にある携帯へ視線を落とす。
だがしかし、それを手にする勇気が出なかった。

相手は恐らく人気の歌手、もしくは役者。
一般人の、しかも付き人の自分がそれをして良いのか戸惑う。
否、これは断るべき事だと判断し、断ろうと口を開きかけた所で携帯が浚われた。

手馴れた操作をしている姿を横目に、あとで削除すれば大丈夫などと考えながら、その勇気すらもないくせに、塵程もない希望を抱く。

再び携帯が膝に返された時、手を掛ける間もなく節くれだった手が浚って行き、軽く操作をしてポケットに仕舞いながら彼は口を開く。

「これ俺の携帯、柚月に持たせただけ」

その言葉に『いやいや、どんな嘘だよ……』と思いながらも黙って見守る自分。

すると男性は彼に質問を投げかけた。

「そうなんだ、柚月に携帯は?持たせないの?」

それに直ぐに『はい、実は持ってます』と答えたいが、言える筈もなく口を硬く結ぶ。