「ミキ………?誰だっけ………?あ、時雨の新しいお友達?」

 
 放課後にいつものように薫を引き止めて、「ミキの所に行くぞ」と言っても、薫は不思議そうに時雨の事を見るだけで、全く思い出そうとしないのだ。まるで、そんな過去がなかったというように、忘れているのだ。


 「じゃあ、おまえ、今まで森で誰と遊んでた?」
 「森に遊びに行く時は時雨と2人だったでしょ?」
 「違うだろっ…………何でだよ………」
 「時雨、どうしたの?」
 「なんで、ミキの事忘れてんだよっ!!」
 「………っっ、時雨?!」


 時雨は、薫に大声でそう怒鳴ると、彼女から離れてすぐに学校を飛び出した。
 向かった先はもちろん山のてっぺんにある楠の大樹。この日は暑い日で、時雨の体から汗が滝のように流れ落ちてきた。けれど、そんなの気にしている暇はなかった。


 どうして、薫は忘れてしまった。
 あんなに大好きで大切で、ずっと一緒に居たいと流れ星に願うぐらい大事な友達を忘れてしまったのか。

 ミキは妖精だ。写真に撮っても彼の姿は写らない。それなら、忘れてしまったらどうやって思い出せばいいのだ。忘れてしまったら、ミキとの思い出がなくなるのか?
 そう思うと、悔しくて仕方がなかった。


 山の頂上に着くと、ミキは1番低い枝の上に座って、空を眺めてた。
 時雨の足音が聞こえたのか、近づくとこちらを見た。そして、隣に誰もいない事に気づくと、悲しく微笑んだ。


 「………薫、忘れちゃったんだね」
 「…………どういう事だよ!」
 「女の子は大人になるのが早いからなー」
 「ミキ!説明しろよっ!」


 時雨が怒りのまま大きな声を上げると、ミキはひらりと枝から飛び降りた。飛ぶように舞い降りたミキは、時雨の前に立つ。
 そして、「落ち着くんだ、時雨」と優しく語りかける。それは、少年というよりは時雨よりはるかに年上の大人のようだった。


 「薫はね、もう子どもじゃなくなったんだよ」
 「それは、どういう………」
 「僕はね、妖精。あやかしの1種。…………子どもにしか見えない存在なんだ」


 夏空を背にしてそういうミキの表情は固くなっていた。