丘に辿り着くと、私は手を離した。


それまで、手を握らせてくれていたのは古屋千秋の優しさだろう。


手の平に心臓があったら、そのやかましい音できっと私は直ぐに感づかれて気まずい思いをしただろう。


いや、もうすでに感づかれていたかもしれない。それでも、私は気付かない振りをして平然を装えたのだからやはり心臓は胸にあってよかった。



「あー気持ちいい!」



丘の先端に立って、私は町を見下ろすとそんなことを叫びながら両手を広げた。


足元は崖で、下には先ほど上ってきたアスファルトが5mほど下に見える。


先端に立つ私の隣には大き目の木が随分と昔から立っていて、この木に登って見下ろす街の風景は格別だった。


勿論、今はもうそんなことは出来なくなっている。


少し遅れて、古屋千秋が隣へと立つ。


その目の先にはキラキラと眩しい水面。


沢山の色を浮かべながら揺れている海は、まるで古屋千秋に早く航海するようにと誘っているようだ。


水平線のはるか奥深く。


まあるい地球の所為で見えないその先にある陸地を目指して、いつか古屋千秋は全てを捨てて、突き進んで行ってしまうのだろう。


私は全てを捨てる覚悟があった。


親への感謝を忘れたことは殆ど無いが、それでも、最後の我侭として行かせてほしかった。


たった一度でもいい。


航海の旅を、古屋千秋と一緒に。