ヒロトside

屋上に出ると、ユウタは新宿の町を見下ろしながら煙草を吸っていた。

なにか考え事でもしてるのか、俺が来た気配にも気づいていないようだ。

・・・また、哀しそうな目をしてるな。

新宿の町を見下ろすユウタの瞳は、どこまでも優しく・・・そして、哀しかった。

あのあと、ハルカが手紙を開封して内容を確かめてからカノンには席を外しもらい、仕事から帰ってきたシュウやルナ、それとシンにも伝えた。

手紙に綴られていたのは些細な日常。

今は遠い親戚の元でお世話になってること。

それから・・・。


「ユリさん・・・。 まさか“お大事に”が最後の会話になるなんてね」


手紙の最後には、こうしめられていた。


『それから、ユウタママ。

君にとっては迷惑かもしれないけど、思い出のレシピを満載したノートを作ったから、お袋の味が恋しくなったら参考にするといいよ。

ノートは部屋の本棚に置いてあるから。


君とみんなの未来が、希望に溢れた幸せなものであるように願ってる。


最後に。

私の心を満たしてくれてありがとう 』


「本当に・・・使えない家政婦だな、ユリは」


休憩の邪魔はしたくなかったけど、再び手紙に目を通したユウタの痛みに耐えるような表情を見ると声をかけずにはいられなかった。

俺は、そっと弟の隣に寄り添った。


「あの時こうしてたらって・・・違和感に気付けなかった後悔しか残ってない」


それでも、俺は・・・。


「諦めが悪いってわかってるけど・・・もっとユリさんに、何かしてあげたかった」


「ユウタ・・・」


風が吹いて、ユウタの髪を揺らす。

前髪のすき間から見えた表情は・・・ほんの少しだけ、泣いてるように見えた。


「体裁とか申し訳なさとか痛みとかそういうものも投げ捨てて。 ただ、ユリさんと本音で話がしたかったんだ」


煙草に火をつけようとしたユウタを、止める。

足元には潰れた煙草の吸殻が4本も落ちている。

さすがに、見逃すわけにはいかない。


「互いに踏み込まない距離が心地いいだとか、優しさに甘えてたのは俺自身だから・・・自業自得ってやつなのかも」


「・・・・・・・」


「あの屋根裏部屋にユリさんがいない現実も、父さんの死も、全ての哀しみを受け入れられるほどの器が俺にはない」


「誰にでも弱さはあって、それと折り合いをつけて生きてる」


ユリは、助けを求めていたのか。

自分の人生を他人のレールに歩かされるほど、足枷で窮屈なものはない。

・・・そんな考え自体が傲慢で、的外れだったとしても。


「俺は・・・ユリさんにまた会ったときは仮初めの自分は捨てようって決めてるんだ」


「まあ、いいんじゃない?」


「ユリさんのことになると、冷静でなんていられないから」


「・・・・ああ」


気持ちは穏やかに凪いでいた。

後ろ向きな感情は、ここにはない。

ユウタも同じように、後悔だけでなく明日に進む意志を持って立っている。

未来のために、今を変える意志を。


「アンタの“探し人”も見つかるといいな」


「うん」


俺も、探しものをしてる。

蜃鬼楼十二代目総長、“六花”。

・・・と。

8年経った今でも忘れられない、初恋の人。

もうすぐ見つかりそう、かな。

そんな予感がしてる。

・・・ユリに会ったときから。