そんな話をしながら譜面を書いてると、廊下から悲鳴が聞こえた。ほぼ同時に譜面が完成。
野次馬根性で廊下が気になる二人。
入口に視線を送ると、そこに立っているのは誤認逮捕の経歴を持つバンドマン。
グレーに近い色素の薄い銀髪、第二ボタンまで開けたシャツと茶色のカーディガン。
だらしなくズボンからはみでたシャツ。
袖に手を通さないで肩に羽織る学ラン。
片耳につけたイヤホン。
頭脳明晰だけど面倒くさがり屋な性格のため留年している無気力長男。
「ヒロ君どうしたの?」
カノンが興奮気味にヒロトさんに聞く。
「まあ・・・シュウのことで・・・。 ん? アンタ、楽器やってたりすんの?」
『え?』
「それとも歌?」
『ああ、うん、作曲が趣味で・・・』
「へえ」
『ギターやったことあるんだけど、ブランクあるから初心者に近くて・・・』
「ふーん?」
『君とは、気が合いそう』
初めて話しかけられた気がする・・・。
シュウさんのことで私に確かめたいことがあるみたい。
いったいなんなんだろ?
「不眠症・・・」
『うん?』
「ホストは夜の仕事だからな・・・?」
はい? 不眠症?
他の3人も首を傾げてる。
誰が?
「忙しくて眠る暇もない男・・・知ってるはずだけど? ユリ」
とヒロトさん。
『ほほう? ヒロト先輩にしては珍しく饒舌だね』
と私。
「なんたって、ヒロ君とシンはファンから寡黙組って呼ばれてるもんねー?」
とカノン。
「アタシも寡黙組だと思う」
とリサ。
「周囲に無関心なだけだろ? で、その不眠症男がどうかしたか?」
と五十嵐先生は私を一瞥してヒロトさんに聞いた。
『私に、どうしろと?』
おおぅ・・・ビーム、来た!!
カノン、リサが得意な「あんた、何言ってるの?」ビーム。
無視しよう。 うん・・・。
もう事情聴取はこりごりだしね・・・。
迂闊に余計なこと言って詮索されたらたまったもんじゃない。
「別に・・・誰も期待してないから。 使えない家政婦は首突っ込むなよ」
「家政婦? 染谷が彼女の代理?」
「ああ・・・父さんの推薦で」
「ふーん。 染谷・・・ごくろうさん」
曖昧な笑みを浮かべると、ヒロト先輩の携帯が鳴った。
『鳴ってるよ?』
「だるい」
その間にも着信音がしてて・・・、
「何のために連絡先交換したんだ。とりあえず出て話を聞いてやれ」
やれやれと肩を竦める五十嵐先生に震える携帯を見つめて思案してたヒロトさんも「ん・・・出るよ」と答えてる。
『家政婦いたんだね? 初耳だよ』
私がそう言うと、五十嵐先輩が眉根を下げて困ったような顔をした。
悲しげな微笑みに、私は苦虫を噛み潰したようなほろ苦い気持ちが胸を襲う。
この人も・・・。
踏み込まれたくない領域なんだろう。
それにこれは女の勘だけど・・・その家政婦さんは五十嵐先生にとって、恋人のような親しい関係にある人なんじゃないかと思う。
「弟からか?」
「ああ」
そんな会話は耳に入らないくらいに思考の渦に囚われていた。
