家についてすぐ、ユウタさんは艶然と微笑んでベッドに腰をかけた。


「ユリさん」


私を手招きするユウタさん。

そして優しく腕を引き寄せ、獣が毛繕いするように手の跡がくっきり残る首に舌を這わせた。

・・・私が思っていた以上に、ユウタママはエセ紳士なのかもしれない。


『もっ・・・やぁ・・・』


その“行為”に対する恥じらいと驚きで身を捩って逃げようとすれば、ユウタさんに腰を押さえつけられてしまった。


「照れないで俺にも抱かせて」


『背中・・・』


小さく息を吸ってから、ユウタさんの頬にそっと手を伸ばす。


『火傷だらけ、煙草の』


「・・・っ・・・」


驚いたように目を開き、ユウタさんは戸惑いの息を漏らした。


『左肩の刺青は首輪みたいなもの』


・・・一度口にしてしまったら、閉じ込めていた想いが溢れる。


『永遠に兄さんの家畜。 一生飼われ続けて孤独死するんだ。 女の幸せは望めないまま』


「そんなの嘘だよ。 いつか必ず、近い将来、俺が籠の中から出してあげる」


『無理だよ』


その言葉は自然と口から零れた。

普段だったら恥ずかしくて言えない、頼りなくて諦めの弱気な言葉が、次々と口をついて出る。

今さらもう・・・隠せない。


『これからの未来もずっと。 支配される側にいて、作られた人形のように笑うだけ』


震えながら『ユウタさん』と名前を呼び、華奢なユウタさんに助けを求めるように縋りつく。

痛い。

悔しい。

苦しい。

哀しい・・・。

そんな思いで胸がいっぱいになってる。


『夜眠るときも、朝起きたときも、隣にいるのはやっぱりみんながいい』


アラームより早起きした5時2分前。

寝ぼけ眼のみんなを“おはよう”って迎える1時間前。

夜遅くまで仕事の帰りを待ちながら、一息ついてほっこりする時間。

おはよう。

おやすみなさい。

いってらっしゃい。

いってきます。

それを繰り返す瞬間が、私にとっては何よりも優しい時間で・・・。

もう、怖いくらい、幸せだった。


『でも、夜中にハッと目覚めて、希薄だった3ヶ月半は全て私の都合で作られた夢なんじゃないかって・・』


だから。

大嫌いな神様にお願いしたんだ。

いつか、目が覚めたとき。

目の前にいてほしい。

これが現実だと分かるように・・・。

そしてすぐ、人肌の温かさを感じたい。

ヒロトさんが

ユウタさんが、

ルナさんが、

シンさんが、

シュウさんが、

ハルカくんが、

私の腕の中にいる相手だったらいいのに。


『・・・淋しくて・・・不安で・・・』



一生懸命その先を紡ごうとしても、言葉にならない言葉だけが漏れていく。

それでも必死に伝えようと、浅い呼吸を繰り返した。


「ーーーあーもう、ダルイな」


『え・・・』


短くそう言うと、ユウタさんが立ち上がって、なぜか電気のスイッチを押した。

そして、私を乱暴に押し倒すと・・・、


『ユウタさんっ?』


紡げなかった言葉もろとも、私を全部受け止めるように。


『・・・っ』


ユウタさんは私の身体を抱き留め、蕩けるような優しいキスで唇を塞いでくれる。


『あ・・・』


「いい加減にしないと怒るよ? いいからさ、抱かせろよ」


『でも・・・私・・・』


「黙れ」


不機嫌になるや否や雰囲気が一変し、重ねた唇さえもどかしいのか舌を絡ませ、責め立てるように私の口内を蹂躙する。


『・・・ん・・・っ』


あまりの切り替わりの速さに度肝を抜かれる。

応えるように自分から口づけを求めれば、嬉しそうに目を細めた。


「ユリさん、他の男と比べないで」


『はぁ・・・っ』


「気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそう」


『ん・・・ぅ・・・っ』



「ごめんね・・・。 なんかこう、ムラッときた。 ん、ふ・・・っ」


貪るように重ねられたユウタさんの唇が、私の唇を余すところなく味わっていく。


「俺・・・これまで生きてきた中で今がいちばん、満たされてる」


どこまでも優しくて、深いキスに翻弄される。

合間に囁かれる声に、思考が溶ける。

繋がったところから感情が溢れそうで、私は必死に、ユウタさんの首に腕を回した。


「大好きな君を守るのは当然だもん! それに俺だってずっとユリさんといたいし」


私の中は柔らかく解れ、甘い蜜を滴らせユウタさんを待ってる。


「・・・同居期間のせいで、前よりもっと君の存在が大きくなった」


ユウタさんは髪を撫で口づけを繰り返す。


「遠くから見える家の明かりとか、帰ったら出来てるご飯とか。・・・待っててくれる人がいるのって何かいいね」


『私と・・・同じ?』


「むしろ、君より酷いかも。・・・あ、そうだ。 身体が辛かったら言ってね。 なるべく刺激しないようにするから」


『・・・大丈夫だよ。 痛いのは慣れてるもん』



「・・・でも。 痕、残っちゃうかもね」


するりと上着に忍び込んできたユウタさんの指先が、脇腹に腫れた生々しい痣に触れる。


『・・・っ・・・』


「あ・・・ごめん、痛かった?」


『ふふっ、くすぐったいよ』


「・・・ごめんね」


もう一度同じ言葉を繰り返すと、ユウタさんは身を屈めて痣に口づける。

まるで動物がつがいの傷を癒すように、熱い舌先が丁寧に傷の痣をなぞっていった。


『ま、待って! バイ菌はいるし汚いよッ』


「全然平気」


『や・・・っ、ユウタ、さん・・・』


「・・・綺麗なのに隠しちゃダメでしょ?」


ユウタさんの唇は脇腹を伝って、徐々に別の場所へと向かっていく。

そこはすでに蜜をたっぷりと溢れさせていてユウタさんの手を濡らしてしまうほどだった。

ユウタさんの指でもたされる快感から逃れようとするけど、媚薬の効果もあってかいとも簡単に刺激を拾い上げて小さな波に呑み込まれた。

二つに伸びる影がひとつに・・・。

2人の息が止まる。


「無理させちゃったね。 媚薬の効果もそろそろ切れると思うし、今日はここまで」


ユウタさんはくたりとしてる私に口づけし、涙を拭った。


『バカ・・・エセ紳士・・・』


もう我慢の限界を超えて私も果てた。

さて、ここで問題です。

ユウタさんは安全な人に部類する?

答えは・・・NOだ。