天満は頻繁に悪夢を見ていた。

妻が――雛菊を殺したあの男の手が臨月の腹を貫いた時のあの光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

何故あの時もっと早く駆けて手を伸ばすことができなかったのだろうか。

兄弟の誰よりも俊足であることが自慢だったのに。

力を失った雛菊の身体の重みは、今も腕に感じることがある。


「天満…聞いているか?天満」


「えっ?ああ、朔兄…すみません、ちょっとぼうっとしちゃって」


「もう少し寝た方がいいんじゃないか。顔色が悪い」


居間の前にある縁側で青白い顔をして座っていた天満に声をかけたのは、長兄の朔。

一瞬で何者をも魅了するほどの美貌と絶大な力を持つ朔は、鬼陸奥から天満を引っ張り出してきたことにいつもどこか引け目を感じていた。

けれど、あそこから連れ出さなければ天満はいつまでも過去に捉われたままだ。

それに暁は天満の――


「大丈夫。後で暁に稽古をつけなくちゃ」


「そんなのは雪男にでもやらせておけばいいんですよ」


ふんわりした男か女かも分からない笑みを滲ませた声色で声をかけてきた人物をふたりが振り返った。


容姿もまた一見男か女か判断しかねるほど優美で儚さが滲み出るこの人物は――次兄の輝夜(かぐや)だ。

天満が物心つくまえに家を出て、人々を救済する旅に出ていたという圧倒的に曖昧な情報しか今まで知らなかったが、朔が妻を娶った時に紆余曲折あり、戻って来た。

そしてまた、輝夜も朔と同時に妻を娶ってここに定住している。


「雪男は朔兄の下の子に稽古つけて忙しそうだし、暁はやっぱり僕が」


「お前の影響で暁が二刀流になりたがっている。どうしてくれるんだ」


本当に怒られているわけではない。

愛情ある小突きを頭にされながら天満は笑った。


その透き通るように透明な美貌はいつもどこか影を滲ませている。

その翳りがどうしたら無くなるのか――取ってやれるのか…

朔も輝夜も方法は知っていたけれど、どうすることもできないでいた。