5年後、30歳で帰国すると同時に、取締役 兼 開発本部長という役職を与えられた。
俺は必死で仕事に取り組む。
それこそ、テーラー裁に行く暇がないほどに。
その時、実家近くに大型商業施設の建設が進んでいて、オープンまで大忙しだったんだ。

 けれど、そんな時、テーラー裁の親父さんが1年前に亡くなったと風の噂で聞いた。

紬はどうしているんだろう。
彼氏が支えてくれているんだろうか。

気にはなるけれど、ここで俺がしゃしゃり出ていくのは、あまりにも変だ。
俺はそっと、テーラー裁の様子を見守った。

閉店した様子はない。
服飾の専門学校に行くと言ってた紬。
跡を継いだんだろうか。
そのうちに、ショーウィンドウに紳士服だけではなく、婦人服も飾られるようになった。

紬は紬なりに、頑張っているに違いない。
小学生の頃から、紬は努力家だった。
大縄をしても、他の遊びをしても、2年生なのに決して諦めることなく6年生と同じようにやろうと努力していた。
まぁ、負けず嫌いと言ってしまえば、それまでだが。


 帰国して2年。
会社では、俺の地位が専務に上がったこともあり、色目を使ってくる部下などもいたが、仕事に集中したい俺は、恋どころではなかった。

にも拘らず、32歳の誕生日、父から縁談を持ち込まれた。

「俺は見合いで結婚なんてしないから、
 断っといて」

俺がそう言うと、

「お前、もう32だろ。
 しかも誕生日にデートの予定もない。
 会ってみて、違うと思ったら断って
 いいから、これも一つの出会いだと思って
 行ってこいよ」

と畳み掛けられる。

「今日はたまたま予定が合わなかっただけ
 だよ。」

俺は、苦し紛れの嘘を吐いた。

「お? 相手はいるんだな?
 その人と結婚するのか?」

父は聞き流すことなく、問い詰めてくる。
経営者の(さが)なのか、父はなんでも細部まで詰めようとする。

「ああ、そのつもりだよ」

売り言葉に買い言葉だった。

「じゃあ、今度の上場20周年パーティーで
 お披露目しよう」

え…

「絶対に連れてこいよ」

ニヤリと笑った父は、明らかに俺の話が嘘だと気づいている。
じゃなきゃ、相手も見ないでお披露目するなんて話になるわけがない。
だから俺は、あえてその話に乗った。

「分かった。
 楽しみにしてろよ」