採寸の後はもう紬に会うことはなかった。
仮縫いの時も、商品の引き取りの時も、俺の期待に反して、紬には会えなかった。

そういう運命なのかな。

 まぁ、俺だって、何も本気で紬と結婚しようと思ってたわけじゃない。
高3の初めまでは彼女もいたし、至って普通の高校生だった。

 大学に入り、新生活が忙しくなると、やっぱり、紬のことは忘れるともなく忘れていた。
サークルで知り合った女子に告白されて付き合ったりもした。

 そして、大学卒業を目前に控えた俺は、就職と同時に必要になるスーツを仕立ててもらうため、同じくスーツを新調する父とともに、再び、テーラー裁を訪れた。

するとその時、高校生の紬が、なぜか店にいた。

「可愛らしいお嬢さんですね」

父が紬の親父さんに言う。

「今度、服飾の専門学校に行くんで、勉強中
 なんですよ。
 お邪魔でしょうけど、いさせてやって
 ください」

親父さんは嬉しそうに笑って言った。

「ほう。
 じゃあ、跡を継いでくださるのかな?
 それは裁さんも安心でしょう?」

紬は真剣な顔で親父さんの仕事振りを見ている。
その顔がとても印象的で、店を出た後も忘れられなかった。
特に言葉を交わしたわけでもないのに。


 4月、俺は父の会社に入社し、いきなり地方勤務を命じられた。
にも拘らず、俺はスーツだけは、帰郷した際にテーラー裁で仕立てると決めていた。
別に真剣に紬とどうこうなろうと思ってたわけじゃない。
ただ、なんとなく、紬に会いたかったんだ。
けれど、店には、紬はほとんどいなかった。
親父さんの話では、彼氏ができたらしい。

まぁ、そういう年頃だし、それが当たり前だよな。

そう頭では理解しているが、なんとなく面白くない。
俺は、別に紬となんでもないはずなのに。


 俺は、3年間、地方を転々とし、25歳で今度は海外勤務を命じられた。
それでも、俺は、出張を利用して、テーラー裁に寄った。
普通に考えれば、赴任先のニューヨークやパリで仕立てればいいと思うし、そうする人がほとんどだと思う。
でも、俺はテーラー裁にこだわった。